第一章

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アドリィの表情が変化したことに気がついたガーレルは、すぐに気遣うように言葉を紡いでいた。
「“天恵”と言われるのは嫌だったかな、申し訳なかった。ただ美しいきみたちのような子に出会えることはまずないから、浮かれてしまった・・・。申し訳ない、許して貰えると嬉しいのだがーーー」
ガーレルは丁寧な謝罪を口にしたが、アドリィは黙って俯いていた。
この大きな竜は、きっと生まれたときから世界に愛されてすくすくと育ってきたのだと思った。子どもの頃から兄弟の中で抜きんでた存在だったはずだ。
強くて美しい個体。選ばれた命。
ガーレルは、アドリィを美しいと言った。
アドリィが、ガーレルに感じる美しいとはまったく違っている思いだと感じていた。
アドリィはガーレルの美しさに惹かれる。焦がれて、そうなれればと思う。
でもガーレルは、爪先ほどもそうは思っていないはずだ。
なりたいとは思わない美しさーーーただの物珍しさをアドリィに感じているだけだった。
この黒竜とは反対だった。
アドリィの体は兄弟の中で抜きんでて生まれたときから小さかったのだ。
アドリィの鱗は薄く、弱く、透明で生えたばかりのように色を持たない。
強固な鎧を思わせる竜の鱗ではありえないものだったけれど、でもアドリィのような命は珍しくなく生まれるのだ。
人間が知らないのは生き残らず途中で絶えるから。
人前に動き出す前に、巣穴の中でひっそりと命を終える運命として、選ばれた存在だった。
種としての頂点に立つように選ばれるガーレルとはまさに正反対だった。
すくすくと大きくなってゆく兄弟の中で、小さな子。
いつまでもいつまでも小さな子。
そんな子はある日、成長の悪い小さな体の成長を完全に止めてしまうのだ。
大きくならない子となる。
そうして選ばれて成長をやめた子を、“天恵”と呼ぶのだ。
あたえられたもの。同腹の兄弟にーーー。
命の贄だった。
兄弟が倍ほどの大きさに育った頃に、よちよちと震えるだけで満足に歩けもしない竜の子は最大の役目を果たすことになる。
兄弟を食べた個体は特に大きく成長するーーーと言われていた。
竜という世界の頂点をになう強い命が、竜という最高の滋養を得て、さらに飛躍的で特別な一頭として育ってゆくのだ。
合理的で、残酷だった。
残酷でも、正しい。
成長の悪い子は巣から飛び出せても、おそらく生きてはゆけないだろう。
そう長くはかからず野生の掟に乗っ取って、弱い命は他の生きものに食われてその命を終える。弱い個体は果てる。淘汰をされるのだ。
なら竜としての高エネルギーを誰かに与えることになるなら、他の種族ではなく、同種の仲間が良いはずだ。
兄弟として生まれたばかりのまだ弱い仲間に還って、共に生きてゆくーーーということは決して悪いものではないはず。
だから、少しでもスムーズに事が進むように、“天恵”の子は成長しなくなる。
不思議だったが、選ばれた命は、選ばれた命の糧として取り込まれるために、もう自分では無駄なエネルギーを使わないということなのだろう。
子竜の意図ではない。子竜はまだまどろみの中で生きている。
だから、生態システムの意志だ。
竜の生態系は途方もなく残酷だったけれど、ちゃんと救いは残されている。
すべては、子竜が物心が付くまでにおわる話のはずのことだったのだ。
だから本当なら、こうして自我のある個体としてアドリィだって存在しないはずだったのに。
アドリィはこうして生きている。
自我が芽生えても生きている。
小さく弱いアドリィを出来損ないの竜だと、人間の見世物になっていても生きている。
巣穴ごと多くの竜の子を手中に収めた人間たちはアドリィを駄目だと判断した。
他の兄弟とは別ルートに落とされて、檻から抜け出すことなども到底出来そうにない死にかけた竜を、見世物小屋の親方が彼にしては思い切った大金でも、竜としては破格に安い金額で買い取ったのだ。
巣穴ではなくて、仲間もいない見世物小屋の狭い檻の中でだから。
皮肉だったが、だから生きているとも知っている。
巣穴で、兄弟と一緒にいたら、アドリィは今はもういないはずだった。
兄弟から引き離されて、食べる者もいなかったから、消えるはずの命が生きのびてしまった。
悲しいのか、嬉しいのか、わからない。
自分は、幸運なのだろうか、それとも不運なのだろうか。
アドリィは、ずっと独りで考えていた。
たぶん、不運だった。
うずくまりながら、毎日ずっと感じている。
選ばれたのに自分は、大事な役目を果たせてもいないのだ。

だから。
大きく美しい竜を目の前にして、こんなに苦しいのだ。
恥じ入り、消えたくなる。
自分は、なぜ生きていると責められている気がした。思いに苛まれて、心がずきずきと痛い。



20141016

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