第三章

11
それはガーレルだって同じことが言えだろう。
「じゃあ、今日は助かった、感謝するよ」
「こちらこそ、だ。こんなに贅沢に飲み食いしたのは久しぶりだよ」
酒場の前でツヴァイに見送られて別れる時だ。
「ーーーああ、待ってくれ」
ツヴァイが呼び止めていた。
「エネミルと名乗るのはやめた方がいい。執拗に黒竜を追って死んだ学者の名で、一部では有名な話だ」
意味がわからんと首を傾げるガーレルに、ツヴァイは静かに笑っている。
「黒の色男。もう少し用心深くないとーーー」
ガーレルも釣られたように唇の端に笑みを浮かべていた。
「店主の軽口に竜と言われて、あれだけ殺気とばしちゃ致命的だよ。俺が竜ハンターなら背中からぐっさりやっていた」
「簡単には刺さらないがーーー。このところ、おれは失敗ばかりしているな。気をつけるよ、どうもーーー」
大事そうに買い物の荷物を抱えたガーレルは首を竦めて見せた。
別れの挨拶だった。
「またどこかでーーー」
ツヴァイは言いかけたが、すぐに言い直した。
「もうあんたとは、会わなくていいか」
「ああ。達者でーーー」
二度と会わなくていいとガーレルも思った。
黒づくめの姿が夜の通りの先に溶けて見えなくなるまで見送ったあと、ツヴァイの表情から陽気な色は消えた。眼光鋭く、そこにはまるで別人の男が立っていた。



どうも失敗ばかりだ。
失敗したからどうなったかといわれれば、どうにもなっていないのだけれど、そういう問題じゃなく、そもそも他者から指摘されることが、不快だと感じた。
人間は一人では生きてゆけないとか言うようだが竜は違う。生きてゆける。
少なくとも自分のレベルであれば単独で優に生きてゆけるとガーレルは思っている。
横暴で不遜な王竜だ。
他と関わることは煩わしいこと。
どんな意味があるのか。
番になることだって、番相手に縛られるだけではないかと今まで思っていた。
雌性の竜たちを集めて近くに置くシルドレイルはその点をどう考えているのか、いつか聞いてみたいと思っていたが、ガーレルはそもそも番になるつもりがなかった。
理由は、黒竜だから。
竜の仲間内であっても黒竜は倦厭されるので簡単に番相手が見つかるとも思えない。
そして、黒竜なので長く生きられるとも考えられないので。それが強い力と引き替えに背負う闇の竜の定めだ。
悲観しているわけではない。
闇の精霊は他の精霊より大きな力を与えてくれる。純然たる破壊力や生存能力だった。だからその結果、多少短命となる仕組みは交換条件のような物だと考えていた。
黒竜であること、狂うことは文句はなかったが、狂うことが公然と前提にあるのに気を遣い、面倒臭い思いをしながら他竜と付き合う必要などないはずだ。
相手だって煩わしいはずだ。
まあ、成体となり定期的に訪れる生殖時期には相手が欲しくなることはあるが、同じ様に他竜と親密な関係になるのは嫌だと考える雌性竜もいるので困ることはなかった。一時だけを愉しむ。合理的な付き合い方だろう。
ガーレルにも、己がとても適当に生きてきたという自覚はある。
シルドレイルは、しでかした悪さのせいで腐れ縁を結ばされて監視や観察されている身なので仕方がない。
大老竜の意見に逆らい、歯向かうことの方がずっと面倒だと考えたので、おそらくシルドレイルもそう考えて、狂って誰かに成敗されるまで適度に顔を合わさなくてならないことは双方が了承済みだった。が、こんな風に奴の領土に居候するなどは考えられないことだった。
数年に一度顔を合わせるぐらいでそれ以上の特別な関わりを持つことなどありえないと思っていた。
それなのに。
なぜか一変してるなあ。
なんでこうなったかなあ。
おかしいなあ。
ガーレルにとって大きな謎である。
シルドレイルに頼んで、悩みを相談する。
そもそも自分に悩みが出来るなどーーー。
アドリィだ。
小さなアドリィ。
天恵のアドリィ。
死すべきだった小さく可憐な美しい雌竜。
彼女はもっともっとちゃんと食わなければ死んでしまうだろと気を揉んでいる。
自分は人間の目などかいくぐって自由に動けるはずなのだ。大都の空だって飛んでやる。落とされない自信はあるのだ。ただ、大老にはまたこっぴどく怒られるだろうが。
他竜の領土に居候するなどありえない選択をし、今などはお買い物だ。自分のものでもないうえに、さんざんに無礼なことを言われて腹を立てて、でもいいなりに動いている。
そして今は、こんなことをぐらぐらと思う。
アドリィはガーレルが選んだ服を気に入ってくれるだろうか?
いやその前に、ガーレルがしたことを怒っているだろうか。
アドリィは目を覚ましたとき、ガーレルにどんな顔を向けるだろう。
ガーレルのことを許してくれないだろうか・・・。
考えているとどんどん気分が沈み出した。
なんだか世界の終わりが来るような気分さえしはじめる。
でも、ガーレルはガーレルだった。ぶるんと不愉快な気分を頭の中からはじき飛ばした。
残ったのはこんな思いだ。なんだか面白いから。
かなり面白い。こんなこと今まで無かった。
誰かに靡いている自分も面白いし、その靡く相手がまた何ともーーー見つけたものにも正直びっくりで、この先はてさて、どうなっていくのだろうか。
20150621

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