第三章

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店の商品のほとんど、ほぼすべてが女性物が陳列される場所に落ち着かない顔のガーレルーーーもとい今は王都の学者・エネミルが立つ。
「女への贈り物など、そんな難しく考えなくても直感と予算でいいだろ」
場違い感に明らかに飲まれている黒竜の一方で、ツヴァイは堂々としたものだ。実に頼もしい相手を見つけたようだ。この男がいなかったら買わずに帰りそうだったとはガーレルの心の弱音だ。
「・・・しかし、好みがわからんし」
「だから、直感だ。着せたあとに乱してみたい感じだろ、・・・なんだ?」
頬を引き攣らせたガーレルに、ツヴァイが不思議そうに聞いた。
「少し前に同じことを言われたよ。・・・もう少し真っ当な意見が欲しくてあんたを頼ってみたんだがーーー」
おほんと咳払いしたツヴァイが視線を逸らし
「じゃあ、あんたの好きな色でーーー」
「おれの趣味で買ったらおそらく文句が出る」
不機嫌な声に振り返って、ツヴァイは黒一色で固める頭頂から爪先までエネミルの姿をしみじみと眺めて、わかったと答えた。
「あんたの事情は少しわかったよ」
それからはツヴァイは意外なほど真面目になって服を選んでくれた。
「これなんかはどうだ?街で流行っている型だ」
「・・・少し大きい気がする」
「こっちは?」
「胸元が開きすぎていないか?」
「自分の女には露出させるのは嫌な口か?」
「いや・・・そうじゃなくて、開きすぎていて肩が落ちてしまう気がする・・・」
「うん?ーーーちなみに背丈はどのくらいあるんだ?」
「このくらい」
エネミルが手でアドリィの背丈を示している。鳩尾ぐらいの高さだった。
「なんだ、子供か?最初に言えよ」
言ってしまうことが抵抗があり、言わなかったのだ。
アドリィは成長が悪く子供ほどの背丈しか無くても、子供ではない。
長い時間を独り生きて考えてきた、小さな女性だった。
弱くて弱くて強い。ガーレルを夢中にさせるほどに。
「おまえの子か?」
「違うよ。・・・知り合いの子だ・・・」
「子供ならすぐ大きくなって着られなくなる。古着にしといて、残った金で食い物でもどっさり買ってやればいいんじゃないのか?」
「・・・」
だから、ちっとも食わねえんだよ!はエネミルーーーガーレルの思わず暴れたくなった心の叫びだ。
次第に不機嫌になってきて、むっつり答えなくなったエネミルに、ツヴァイは御節介は辞めて、新品で生地の量が少なくても成人の女物と値段が変わらないような割高な少女の衣服を一つ一つ手を取り、ガーレルに示してやる。
「どんな感じがいいんだ?」
「まあ、とりあえず・・・みすぼらしくなくて、いやらしくなくて、可愛い感じがいいかな」
なんという大雑把さだとは思ったが口に出さず、
「ーーーわかった、可愛い感じな・・・こんなところでどうだ?」
ツヴァイがいくつもの中から選びだし両手に一着ずつ持ったのは薄い水色と、黄色のワンピースドレスだった。背中か前かで服が開く位置が違ったが、ボタンで留め、腰で縛って大きなリボンを作り、裾はふわっと広がる作りは共通だった。
やはりよくわからなかったが、とりあえず、シルドレイルとお揃いになりそうな水色は即、却下だったから黄色に決まった。
「それに合う靴や肌着や下着も欲しい」
そんなところまで俺が探すのかと、ツヴァイは少々呆れ気味だったがここまできたら最後まで付き合うことにした。
そんなときだ。
ガーレルの目に壁の上の方に飾られている衣服が目に止まった。
薄い灰色でとても光沢のある生地だった。
一見地味だったけれど、一歩進んでランプの光の角度が代わった時、雰囲気ががらりと変わった。
艶良く光によっては銀色のように光る生地だった。
サイズ的には丁度いいぐらいだったが、子供らしくないシックな雰囲気だった。飾りボタンは貝で作られているようで、胸元から裾までを優しい桃色から紫までと色を変えて取り付けてある。膨らみを持たせるために布を絞ってある要所要所で白く光っているのは真珠で、それまでほとんど目にも入らなかったガーレルでも、一度意識してしまうと白い貝の玉は実に美しく優しげな色合いを放っていた。
袖口と裾のフリルも可愛かった。
足を止めてやってこないガーレルの元にツヴァイが戻ってきて、見つめる先のドレスに気づく。
ただし。
「あれはーーー」
ツヴァイの顔色は渋い。
「どうしてだ?あれは売らないのか?」
店員に値段を確認してきたツヴァイが、顔を顰めるようにして言った。
「売るとは言っているが売るつもりはあまりないだろう。値段が馬鹿げている」
買おうとしていた黄色の物が二十着は買える。小洒落た衣料店が、店の装飾品として置いているようなドレスだった。
「予算なら多少はあるぞ」
「ーーーあれがいいのか?予算はいくらだ・・・」
「・・・破格だな」と呻った。
ガーレルの所持金である金貨は、予算的に勿論十分だったが、まめな男・ツヴァイが店主と交渉てくれ、値切り、高額の一括払いなのだから常識だろとおまけまで付けさせてくれ無事、ガーレルはアドリィの衣類一式を買うことができた。
とても満足がいく、ガーレルが気に入った物を買うことができた。
ガーレルは感謝の意を込めて、ツヴァイに酒場で夕食を奢ることにした。
一軒の酒屋に入り、二人で、たらふく食って、たらふく呑んだ。
ガーレルは人間すべてが凶暴で、質の悪い生き物だとは思っていない。
たとえ職種がハンターだとしても。
竜だって満腹だったり、その気になれない時は、何かに出くわしても牙を隠し身を潜めてじっとしてやり過ごすのだ。人間だっていつも血や肉を求めているわけではないのと同じことだと思っている。
ツヴァイはとても細やかで、お節介焼きの気のいい人間だった。
ただ次に会う時もこの顔でいるかどうかは、わからなかった。
20150614

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