第三章

9
「兄さん、いい男だね」
一番近くほどほどに活気のある街。店が多く人間も多かったがガーレルは人間を気にしていない。恐れていない。怯える必要などさらさら感じない黒竜は至って無頓着に人間と話をする。どうでもいい相手なのでどうでもいい笑顔を浮かべて適当に、何気ない話をしていたはずだった。
街の目抜き通りの端には露天が並んでいた。店舗に比べ粗末だったが、ときどき面白いものがある。今回も、地面に置かれた布の上にいっぱいに並べられた妙な物が興味が惹かれた。
動物の頭蓋骨にミイラから、石の付いた腕輪や首飾りといったアクセサリー、武器になるような大きな針が何種類も並び、きれいな飾りが施された小瓶とくすんだ色の液体が入った瓶と、その横の瓶の液体の中には蛇だの虫だのが入っているようだ。
布の縁の方には、燻製にされた一見普通の肉の塊もあったが、こんな店が売るのならいったい何の肉だろう。おそらく得体の知れない肉だ。
そんなときだ。禿げあがった頭の恰幅のいい店主が、ガーレルをさっきからずっとまじまじと眺めていたが、からっと耳を疑うことを言った。
「さては、あんた、竜だろ!」
人間など大嫌いで口を利くのも汚らわしいという竜も多いが、ガーレルは処世術に長けている。平気で街中を歩けるし、酒場でハンターと話をして情報を集めることもする。人間を憎いと思ったことはないのだ。刺すからと言って、蜂や百足を本気で憎悪するだろうか。
今だって適当な相づちを打ちながら機嫌良く話をしていたガーレルだったが、完全に不意打ちに言われた言葉には表情がびしっと強張っていた。
一瞬遅れて、
「ーーーいや、何の話なのかな?」
笑顔に戻って返したがガーレルの目は笑っていない。空気の変化は相手に伝わったようで店主はたじろいだ顔になっていた。
なんだかよくわからないが、まずいなと緊張を深めるガーレルの後ろから陽気な声だった。
「よう、色男の兄さん。あんた、この辺の者じゃないな?」
振り返ってみると
「ほお。なるほど、色男だ。竜だと言われても仕方ないぜ」
「竜?」
「このあたりでは、いい男いい女を、竜のよう、まるで竜だ、と褒めるんだ。知らなかったろ」
「竜のよう?」
「竜は人間に化けるが、竜が化けた人間はそんじょそこらじゃお目にかかれんような美男美女だ。だから、竜のようだは最大限の褒め言葉だ」
「ははぁ・・・。おれはてっきり」
「てっきり、なんだ?」
「逆に悪口で、見ている物を盗もうとしている犯罪者とでも疑われているのかと思ったよ」
「竜をこそ泥なんぞのたとえにはしないだろ」
体格もいいガーレルに引けも取らない長身の男だった。
笑顔で接したが、ガーレルの緊張は弛まってはいない。
大きな剣を持つ、いかにもハンターという風情の偉丈夫で、赤い髪が良く焼けた肌が印象的なこの男も竜だと褒められそうな精悍な顔立ちをしていた。目の色は緑。派手な色彩はガーレルとは対照的だった。
「そういうあんたは、そのいい男や女を容赦なく狩っちまう竜ハンターか?」
「違うよ」
あっさりと否定が返ってきた。
「このあたりは保護区だろ。でもなんだか多いようだが、あんたみたいな物騒な出で立ちの連中が」
「大きな街を目茶苦茶に襲った黒竜がこっちに降り立ったらしいだよ。しかも黒竜はその街にいた竜を連れてきたらしい。その二頭は保護区の竜じゃないから、狩猟の許可が出るかもしれんとなれば沸くだろうさ」
「ふうん。であんたも、その一攫千金を狙っているのか、夢があっていい」
ガーレルは穏やかに笑ったが
「だから違うさ。千金なんてそういう歳でもないよ」
まだ三十代も半ばで若そうに見えるが、男は頭を振った。
「俺は地味な幸せがいいと思っている」
外見年齢が似たような男だった。そんな男が言う地味な幸せとはいったい何だろうとガーレルは気になっていた。
「それはどんなものだ?」
男はまじまじとガーレルの顔を見てから、笑うなよと言った。
「好きな女と自分の子と、三人で静かに暮らすことだ」
「ーーーそりゃあ、壮大な夢だな」
今のガーレルは本気でそう思った。
「・・・からかっているのか?」
でも気持ちは伝わらなかったらしく、気分を害させたようだ。
「そんなつもりはないよ」
簡単そうだが、実はそうでもない。
好きだと思える女を見つけなくてはならない。そして、相手に自分を選び自分の子を産んでくれるよう説得しなくてはならない。
それは自分にはとても遠く感じた。
「どう足掻いても自分一人では叶えられない夢だ・・・」
「どうした色男、ふられた直後なのか?」
「ふられちゃいないよ」
ふられるところまで行ってもいない。けれど、大きな溜息が込み上げた。
「あんた、時間がありそうだな。ついでに少し付き合ってくれないか?」
別にいいがーーーと訝しむ男はツヴァイと名乗った。
ガーレルは、エネミルと名乗った。
エネミルは、ガーレルが人間に化けている時に街中でよく使う名前だった。以前拾って持っている、王都の学者の身分証の名前だった。



大柄男二人が衣料店に入っていた。
20150607

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