第三章

8
「おれの肉は、そんなに悪いのか?」
不服そうにガーレルが言う。
自分を食い千切って与える。
破格な大盤振る舞いをしてみたあと、さんざん悪口を言われたら堪ったものではないだろう、とは察する。
ただ、たとえ死にかけても自分はされたくないなとはシルドレイルは思った。
「しかし、思い切ったことをしたな」
「まあ、な。ーーーこんなことになるとは思わなかったんだが。いい考えと思ったんだ・・・」
「ああ、いい考えだと思ったよ」
「だろ!?」
「これで上手くいかないなら、もう諦めろ。無理だ、おまえの言うようにこれ以上の食い物はない」
シルドレイルに認められて喜んだのもつかの間、シビアに現実を突きつけられてはちっとも嬉しくない。
仏頂面になったガーレルが草の上からアドリィの体をすくい上げると、抱きかかえて歩き出す。
「どこへ行く?」
「どこにも。その辺。散歩だ」
「どこかに寝かして置いてやればいいだろ」
「目を離すのは、気になる」
目を離してしまってこうなった、と言うと、違うだろ、と言われた。
「おまえが、食わせるために怪我をさせたから、だろ」
辛辣にシルドレイルは断言した。
ガーレルは溜息だった。まさにその通りで、要は、ガーレルは策に溺れたのだ。
軽率だったな、とガーレルも後悔していた。
要らないところでアドリィも傷を負わせてしまった。結果的には良い展開となると思ったのだけれど、今、事態は最悪。自分はまるで悪人となってしまいアドリィに至っては、意識を失っている。
ガーレルの体中には言葉にならない罪悪感がいっぱいとなってはち切れそうだ。
そしてーーー。まさかと思うが、アドリィはこのまま傷と失神が引き金になって目も覚めず、どんどん時間が流れてーーーなんてことを考えてしまうと居ても立ってもおられず、目も離せられない。
「ゆっくり静かに寝させておいてやったらどうだ?」
シルドレイルはガーレルの態度に煩わしそうに言ったが、
「傍でじっと見ていたら、気がおかしくなりそうだ」
「見ていろとは言ってない。今度はまともな、外からは入れないが内からは触っても怪我もしない檻を作って置いておけばいいだろ」
「檻と言うな、守っていたんだよ!」
振り返って反論したが、そんなことどうでもいいと思った。
ただシルドレイルにとっては、ただただうっとうしいのだ。
自分の領土に他の竜が滞在することがこれほど癇に触ると思わなかった。
竜といっても、雌ではない。雄の竜だ。
しかも、力が拮抗するほどの存在だった。
このレベルの大竜が身近にうろうろされていると全く落ち着いた心地がしない。
怪我を負った若い雄竜をしばらく人間から匿って休ませたことが昔あったが、こいつは態度が大きいからか、顔を合わせるたびにいらいら感が募ってゆくようだった。
若竜とは比べものにならない力関係の在る相手。肉薄していても、対立を望まないから明確な上下とはなっていないから、一見平和だったが緊張感は消えない。
シルドレイルにしてみると、向こうにはその気がなくとも、うろうろされると自分の領土を侵されているような焦燥感さえ味合わされる。
「衣類でも調達してやれ」
思い付きだ。しばらくガーレルを追い払うための。
「衣類?」
無視して去ってゆこうとしていたガーレルが気を引かれたようで、再び足を止めた。
「あまりにみすぼらしい」
「おれが着せているわけじゃないぞ」
「もっとまともなのを与えたらどうだ」
「だから、おれじゃーーー」
「これではまるで、街の隅にたむろする人間の浮浪者だ。悪趣味、きわまる」
「だから、これは見世物小屋で与えられていた服であってーーー」
出会ったときからの衣装で、こういう感じがガーレルの見つけたアドリィだったので、今まであまり気にとめなかったが
「薄い一枚きりで、大きさも合っていない。袖口の隙間から体も丸見えなのを喜んでいるのか?」
言われて、今、かなり気になった。
「なっ、そんな訳ないだろ。しかもおまえ、なんてことを言うんだ。興味なさそうな顔して、いやらしい、いやらしすぎるっ、いったいどこを見ているんだ、下素な奴めっ!」
ガーレルは自分はよくても他人は許さんという典型的思考で、変態め、破廉恥野郎、恥知らず、と盛大に罵っていたが、シルドレイルは黙って聞いた後、怒るどころかとても憂鬱そうになって言った。
「いやらしさが感じられるようならまだいい。・・・もう、憐れさしか感じられん」
絶句のあまり、返す言葉が見つからないガーレルが、がっくり肩を落とした。
認める。嫌らしいほどの肉感はない。痩せ細で、薄くて壊れそうで、見えるとひたすら心配になってきてしまって・・・だから困っているのだから。
「ーーー気にはなっていたが、アドリィは女の子で、女の子ものの服だぞ。どんな物を買えばいいのかよくわからん・・・」
困ったガーレルに、助け船が入った。
「難しく考えなくても、黒竜さまが着せたいと思う感じでいいんじゃないかしら。真っ黒になるかしら?」
「贈り物は嬉しいものだわ。きっとどんなのでもね。女の子は賢いから貰った時はとりあえずちゃんと喜ぶから大丈夫!」
「あと大切なことは、着やすいこと脱ぎやすいことね。あ、黒竜さまにとって脱がせやすいことかしら?うふふ。でも、そういうことしたら裂けて死んじゃうかも。ちょっと軽蔑」
「ーーーだ、そうだ・・・」
竜の女たちがシルドレイルの目配せを受けて、参考になるよう意見をそれぞれ自由に述べたのだが・・・。
内容に目を剥いたガーレルはシルドレイルに真顔になって尋ねずにはいられなかった。
「おい、本気でこいつらの中から伴侶を決める気なのか?」
ここに集まっている雌性竜たちは、シルドレイルの番に立候補している竜のはずなのだ。
だけどガーレルは、自分ならありえないと思った。こいつらと生涯を共にするぐらいなら、一人身のままの方がずっとずっといいと思った。
シルドレイルはガーレルの素朴な疑問を黙殺して、答えなかった。



2015031

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