第三章

3
三人の女たちはそれぞれシルドレイルの伴侶候補として赴いて敵同士ではあったけれど、目的を同じくするお互いを認め合っていて、一種の連帯意識が生まれていた。
そんな彼女たちの目の前で理不尽が起こっている。
わけがわからないことに仲間が無残に傷つけられた。
誇りにかけて、このままではすませられないと怒り狂った女たちの矛先はアドリィに向かった。
アドリィも予想を超えた惨劇を目の当たりにして、息を呑んでいる一人に過ぎなかったけれど、それを感じ取るには女たちは気が立ちすぎていた。
こんなひどいことになるなんてとアドリィはとても後悔していた。
もしも知っていたら誰にも見つからないように物陰に隠れていることを考えた。
けれどそんなことを言ってももう遅いのだ。
ことは起きてしまって、女たちは受けた屈辱を晴らすため、やり遂げなくてはならないと決意も新たにアドリィ目がけて突進しようとしている。
「駄目!駄目、やめてくださいっーーー」
アドリィが悲鳴を上げていた。
駄目、ぜったい駄目。させてはいけない!
そんなことをしたら、そこにあるのは黒竜の力だった。
彼女たち三人がかりでも、三頭になってもそれでも無理だと思った。
『待って、来ないでっ、わたしがそっちに行くからっ!』
アドリィは話しかけていた。
竜の声で。これならちゃんと通じると思ったのだ。
予想通り声は届いたようで、三頭の竜たちは動きを止めてじっとアドリィを見つめた。
内から通り抜けようとしたらどうなるんだろうと思った。
ガーレルから、絶対に出たら駄目だよ、と言われていた。
でもこのままでいたら、傷ついてしまう、三頭の竜たちがとてもひどく。アドリィのせいだ。
そんなの間違っていると思った。
アドリィよりずっと大きくてきれいな竜たちが、こんなことで裂けて、大怪我をする理由なんてどこにもないのに。
自分が犠牲になればーーーなんて考えているわけじゃないのだ。
ただ単に、大きさ、強さ、美しさにとても焦がれる小さな竜は、自分より良いものが自分のせいで損なわれることが純粋に嫌だった。
自分より劣ったものだったら見捨てられたのだろうけれど、悲しいけれど、そうしたものはアドリィにはあまり出会えそうもない。
そして。
ちらりと思った。
触っちゃいけないとは言われていない。
出たら駄目だよ、と言われていたけど、たぶん触るぐらいなら言いつけを破ったことにはならない。
触ったらどうなるんだろう、と。
たぶん、いくら出ようとしても通り抜けるだけの力は自分にはありはしないのだ。
でも女たちは、その光景を見ればきっと満足すると思うのだ。
自分たちと同じにアドリィも傷つけば、往来不可能な壁があることを冷静な目で見つめられるようになり落ち着くはずだ。
心が、どきどきしていた。
固い鱗を持つ竜の女の肌が裂けて肉が散って、骨まで届いていた。
もしも自分の薄い鱗などが触れたらーーー。
単純で簡単なことだけれど、それはアドリィにとってなんだかとても大きな冒険だった。
不思議だった。怖いとは感じなくて、自分もただ同じように触ってみたいと思った。
触ったらどうなるかな。
好奇心だった。
ぎりぎりところまで歩いて、手を伸ばす。
痛い、かな?
両手の平でべったりとやってみようと思った。
どきどきする。
竜たちもじっとアドリィを注目して、静かに見ている。
なんだか楽しい気分になっていた。
こんなに多くの竜たちに会って、自分が浮かれているのだと気がついた。
母のことだって、兄弟のことだって知識としておぼろにあるだけで、ほとんど覚えていないのだ。
見世物小屋の檻の中でずっと生きてきて、ただただ毎日同じで、つまらなくて、けれど何もしたいこともなかった。
でも、今は、見つけた、やってみたいことだった。目の前にあった。
そういえば見世物小屋の時の檻は、興味はなく壊そうと思ったことも一度もなかったのにと気がついたら、余計に楽しくなった。
だから。
一、二の、三っーーー。
触ったと思った瞬間ーーー。
無かった。
『冗談じゃないぞ、こらっーーー何をやっている!どうして、こうなるっーーー』
頭に響いたのは慌てたようなガーレルの声で、声は慌てる以外に、怒ってもいるようだった。
ざっと強い風が吹いてアドリィの体を弾き飛ばした。
尻餅をついたあと顔を上げると、目の前にガーレルが立っていた。
怖い顔をしていた。はじめて見るガーレルだった。
「悪いことをする子には、お仕置きがいるなーーー」
「・・・悪いこと?」
聞くと、ああ、とガーレルは頷いた。
ガーレルはとても怒っていると感じた。でもどこが悪いのか、よくわからなかった。
けれどこれもなんだか、どきどきした。



「言い訳を聞こうか」
深呼吸をした後、ガーレルは笑顔を浮かべていたけどいつもの顔ではなかった。
笑っているけど、笑っていない目をしていると感じた。
普段ではない怖い笑顔だ。
口調は優しかったけれど、怒っていることが強く空気から伝わってくる。
「言い訳・・・べつにない」
20150412

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