第三章

2
人間だって楽に生きてゆくために命がけで竜を狩ることを考える。
そうでもしなければ楽には生きてゆけないからだ。
生き抜いた強いものだけが残り、弱いものは死んでゆく。
それを今さらーーー頂点のあたりにいる者たちが顔を付き合わして議論をすることだろうか。
「食わないんだ。生かしたいんだ。どうしたらいい?」
「食わないものは生きられない」
同じことを、少しだけ優しい声音になったシルドレイルは繰り返した。
「それでも、死なせたくない」
ガーレルは真剣だった。冗談を言っているわけでも、巫山戯ているわけでもない。
痩せ衰えて死んでゆくことがわかるから、何かいい方法がないか聞いているのだ。
このままでは本当に、よくないから。
よくない。食わないのはよくない。絶対によくない。
でも食べてくれない。お腹が減っていないと言う。
ほんの少しだけで、もう、お腹いっぱいだと言う。
ガーレルにとって、食べ終わったことを認められる量じゃ到底ないというのに。
一瞬考えてしまう。
掴んでーーー優しくそっと顎を持って、だ。
突っ込んでしまおうかーーー食べ物を口の中に入れてみたら、そして吐かないように優しく、しっかりと押さえている。そうしたら食べてくれるのかもしれない。
いつまでも口に入れていても困るだろう。だから食べるはず。
いい考えだ。とてもいい。
でも、やっちゃ駄目なんだろうなと思うから。
なんだか、泣きたくなる。



大竜二頭が泣きたい心地を抱えているころ、アドリィは見下ろされていた。
「ちょっと、あなた。こっちに来なさいよ」と言われてアドリィは素直に彼女たちの方へ近寄ったので、とても近い。
「これは何?」
「何かしら?」
「食料?」
逃げないように囲ってあるわね。
でも、これは食べる時期を過ぎているのではなくって?
じゃあいったい何?
三頭の女の竜たちは議論をしていた。アドリィについてだ。
「もしかして、敵?」
「シルドレイルさまの新たな伴侶の候補としてここにいるって言うの?」
「うそ、なら倒していい?」
次第に過激になってきていて、アドリィは最初、彼女たち三人の内輪の会話に割り込んではいけないのかと思って黙っていたけれど、途中からはちゃんと返事をした。
たぶん、違いますーーー。
ぜんぜん、違いますーーー。
倒さないでくださいーーー。
アドリィは逐一答えていたけれど、女たちには一切、聞かれてはいないのだ。
アドリィはガーレルが描いた黒い線で円を描いた中にいた。
呼ばれて自分で縁に寄ったので、円の端っこだった。
檻だとシルドレイルは言ったけれど、かなり広いもので小さな池も木立も茂みもすっぽり入っているのでアドリィには檻だという感じはしていない。
外から内部へと変わらず風はそよいだし、地面から空中に真っ直ぐ伸び上がる線は、もはや線ではなく薄い半透明な黒色の壁であったが、たぶん作ったのがガーレルだからだろう。アドリィは嫌な気分はないのだ。
不思議な黒い陽炎のような線ーーー境界線は、ガーレルだから描ける特別なものだろうと思った。
線について詳しく聞かされていなかったけど、線の内側にいるようにとは念を押された。
もしも踏み越えようとしたら、きっと何かが起こるのだろうなと思った。
いったいどんなことが起こるのだろうと気になったけど、結局聞けずじまいになっていた。
その答えが、今、円の内部のアドリィに詰め寄ろうとした三人の女の竜たちによって示されようとしていた。
悲鳴があがったのだ。
「痛いっ、なにこれ!」
「ひどく痛いわっ!」
「肌が裂けちゃった!」
その黒い線上を越えて入ろうとした竜の女たちもそこに不思議な壁があることに気づいた。
それは数日前まではなかったものだった。そもそもこの小さな竜だって知らない。
彼女たちの方が先住者なのだ。それなのに、それは彼女たちの住んでいる場所に突如として発生し、不当に傷つけられたのだ。
それまではどこかのほほんとしていた顔付きががらんと変わっていた。
最初にアドリィに声を掛けた女が、叩きつけて壊してしまおうと、力任せに打ち付けた拳だった。
全身が痺れるような激しい衝撃に跳ね返されて呆然とした顔になっていた。
竜である彼女が、力を込めて思い切り叩いていた。
でも目的が達成できなかったどころか、焼けたような嫌な匂いに目を向けると、手の肉が大きく抉られていて、赤い肉の中に妙に白く見えるものは自分の骨なのだと知ってーーー。
憤怒の形相になった女は、今度は渾身の力で肩から体当たりをした。
瞳を獰猛に輝かせた女の変身は解けて、姿はそのままでも竜に戻っているはずだった。
でも剣も跳ね返す体は、影のような薄い壁を前にして、まるでただの人間のようにぱっくり裂けた。
他の女たちが止める暇もなく繰り返しても結果は変わらない。女の体中がみるみる血塗れになっただけだった。
「許さないっ!」
大傷を負った女は軋った。
傷付く様を目の当たりにした二人の女たちの目の色も変わっていた。
「頭にきたわねっ」
「当然よ、許すわけない!」
20150409

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