第三章

1
「なあ、少し真面目に聞いてくれ」
「断る」
「いや、だからーーー」
ガーレルがうるさすぎて煩わしい。
そういう気分ではないのにと言ってもしつこかった。
シルドレイルは今、何も考えたくないし、誰にも会いたくない気分だった。
ましてガーレルヴェルグなど、視界から消えうせろというところだった。
自分は蒼竜であり、黒竜ではないので闇の浸食云々の話は薄くなるので、思い存分感情をーーー今は猛烈な不快感だ。露わにしているはずだが、気付かないわけでもあるまいに、まったく相手は斟酌するつもりが無いようだった。
話を聞かないとこのまま、いつまでも付きまとわれそうなので、仕方がなく腹を括ったシルドレイルに、展開はさらに容赦ない。
「食わないんだ。ちっとも」
「何の話だ」
「だから、アドリィ。あのちっこい子ーーー」
「関わりたくない」
「待てっ、待て!ーーー」
くるっと再び背を向けられたガーレルが慌てる。
「それはないだろう、困って聞いているのに。こんなことをおまえに聞くと決めるまで、おれだってずいぶん覚悟がいったんだぞ?」
非難がましくガーレルが言うが、それこそが、シルドレイルにとって、今一番、係わりたくない話題だった。
「下手に関わって、おまえに喰い付かれたくはない」
全力で回避するために、アドリィに触れて血相を変えたことを当てこすると、意外なほどに素直な詫びを入れられてしまう。
「あれは、おれが悪かった。心から反省している。なんだか、カッと頭に来てね。おまえはそういうこと得意そうだし。でも、もうあんなことはない、信じてくれ、本当だ」
最後に、たぶん、と付け加えた黒竜に、蒼竜は、どうだか!と返す。
他にも癇に触る言葉があった。
「そういうことが得意そうとは、どういう意味だ!?」
「おれよりか得意だろ、番になろうと考えるぐらいなんだから。おれは思ったことは一度もないよ、尊敬する」
シルドレイルには怒りがこもっていたが、ガーレルの返事はひどく力の抜けたものだった。
意図的か素なのかわからなかったが、さらりと交わされる形となってしまったシルドレイルは苛立ちをぶつける先を失ってしまったのだ。
「で、話を戻すがーーーアドリィだ。おまえに言われて力を解いたろ。そうしたら、途端に食べなくなったぞ。それまでは食欲もあって食べていたのに・・・」
「不満なら再開しろ」
「そんなことは言っていない。かなり機嫌が悪いな、おまえ・・・」
ああ、悪いとシルドレイルははっきりと答えた。
すると、大丈夫かと問われた。
ガーレルでも、今はこれで引き下がるだろうと思ったが。
「機嫌が悪いところ、悪いが、気晴らしになるだろ、考えてくれ」
シルドレイルの方が、もう早くこの男の用件を済ませたくなったので、折れて考えを口にした。
「食べないが普通だろ。食べるなら大きくなる。食べないから小さい。だから天恵と呼ばれる。当然の話だ」
「理屈はわかっているが、食べないと死ぬ!」
ガーレルは真剣に訴えた。
これだって当然のことだったけれど、笑えないのだ。真面目な顔でガーレルは言った。
「食べないと死んでしまうのに、食べない。爪先ぽっちでもう要らないと言う。今だってかなり痩せ細なんだから食べなきゃいけないのに。おかしいだろ・・・」
ガーレルにとってとてもおかしい。なぜそんなに食べないのか。食欲が無いのか。想像も付かなかった。
理解を超えたところがアドリィの魅力だと思っていたが、これはさすがにまずいと思った。
シルドレイルの領地に入って、数日が経っていた。
人間のいないゆったりとした時間がアドリィの気持ちを落ち着かせると考えていた。そうなれば自然にいろいろ解決すると。
甘かったようだ。アドリィはやっぱりそれほど空腹にならないようで、食べないなら太ることも、大きくなることも出来やしないのだ。
そして黒竜は思い至る。自分がいくら気を付けて、手違いで潰してしまわないよう細心の注意を払っていようと、べつのものがアドリィを殺してしまうと。
それは、自然の摂理だった。
シルドレイルはガーレルの問いには答えなかった。そのかわりに。
「あれを、どこに置いてきた?目を離して、知らんぞ、その辺の何かに食われても。想像もつかないものにあっさり食われそうだ・・・」
「ああ、おれもそういう気がして怖いから、ここから出るなよと囲ってきた」
「結局はまた檻の中か」
溜息交じり言ったシルドレイルに、ガーレルも溜息を吐いた。
「そう、きついことばかり言うなよ・・・」
ガーレルもちゃんと同じことを感じているのだ。でも、ならどうしたらいい?と黒い髪に染めた時と同じ気持ちになる。
わからないのだ。
だから恥を忍んで聞いているのに。
ただし、自信家な竜なのでふんぞり返っているが・・・。
シルドレイルもガーレルも大きな竜だった。
人間のように毎日食べる必要はなかったが、食べる時はバリバリ食う。
山ほど食う。はち切れるほど食う。
食べることが生きることだった。
食べることが力に繋がる。
食べるから大きく、強い。
生き物の基本だった。
それを放棄しているのが、天恵ときれいに呼ぶ竜の子だった。
糧となるしかない子。
珍しくはないのだ。
こうして生き残ってしまっていることだけが珍しいだけで。
卵が必ず孵化するとは限らず、生まれた子も必ず育つとは言えない。
竜だけのことではない。
魚や蛙がどれほど多くの卵を産むか。半分以上が食われて果てるはずだ。
多産の鼠は狐の重要な食料源で、狼だって狩りが上手くない親の元に生まれたら子は飢えて死んでゆく。上手い親の元だろうと、弱い子はもちろん、死んでゆく。
20150405

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