第二章

15
スフィジェは小柄な竜だった。
飛び抜けて大きくなるか、それとも小柄か。雌性の竜は、どちらか、両極端となるきらいがある。
スフィジェは小柄で、その上、弱い部類に入るような雌性だった。
雌性竜は小柄であろうと、気質は大抵、激しい。
うかうかしていると、体が多少大きい雄ぐらいではなぎ倒される。
雄性の方がどうやら性質はのんびりしているようで問題が生じた時、大抵最初に食い千切られるのは雄性の方になる。
反撃に回った時、雄性より小柄なことが多い雌性を食い破ることは逆の場合より容易いだろうが、大抵、腕を一本もがれると戦意は失せて長くは戦えない。
ーーーという凶暴な雌性が多いなか、スフィジェはおっとりと愛らしい質で、どちらかというと成長の悪い個体だったのだろうと想像がついた。
まあ、生き残っている彼女の娘よりは遙かにマシだったが。
だから彼女を伴侶に選んだ竜は心から彼女を愛していたのだろうと考えると、シルドレイルは悔しかった。でもそれは自分だって同じだ。優劣ではない、ただ彼女を。許されるなら間違いなく彼女を伴侶に選んだ。選びたかった。
そうしているうち、番になってもずっと卵を産まないでいたスフィジェがついに卵を産んだ。
六つの卵だった。少ない方だ。
でも初めてだから、スフィジェだから十分な数だった。
久しぶりの同族の卵が産み落とされ、竜たちはちょっとしたお祭り騒ぎとなった。
卵は五つ孵化した。
子竜が生まれ、彼女と彼女の伴侶の喜び様、まわりの竜たちの祝福する様子だって見ていて辛すぎて、シルドレイルはもうやめることにしたのだ。
彼女を遠目でも、見ることは。
やめてしまった。
辛すぎたから。苦しかったからーーー。
情報も遮断した。彼女の話はもう聞きたくないと思った。
でもその結果、こうして今、もっと苦しい気持ちを味合うことになってしまったのだ。
それは見守るのをやめた次の日だったらしい。後になって知った。
次の日、彼女は絶命したのだ。
彼女の棲み家を襲撃した人間により、四肢をもがれ尾を切断され、首を落とされ荷車で運ばれていったようだった。気づいてシルドレイルが駆けつけた時、もうずいぶん時間は経ってしまってからだったが、彼女の巣は彼女の饐えた血色と血臭が立ちこめ噎せ返るほどの状態が続いていた。
彼女の亡骸と、生け捕りになった彼女の子供は別の場所に運ばれていったようで、そのとき不在にしていた番の相手、彼女の伴侶たる竜はすぐさま彼女を運ぶ人間を追いかけ襲ってすべて残らず殺した。
そして彼女の体はすべて、食った。
シルドレイルだって、おそらく食べただろう。
だから当然のことだと思ったけれど、食われてしまったので、スフィジェはシルドレイルの前から血の跡だけとなり影も形も残らず消えてしまったのだ。
どれほど、どれほど後悔したかーーー。
自分が見守っていれば、人間などに彼女を殺させなかったーーー。
怒りと悲しみ。
三つの町が一夜で壊滅したのはシルドレイルの八つ当たりだ。
愚かしい真似はするなと窘められてしまい、それ以上は出来なかった。
それでも彼女を忘れられなくて苦しくて、自分も番となろうと決めたのだ。
もしかしたら、それで忘れられると思ったから。
ーーーそして、もう忘れた。そのはずだった。
相手が決まらなくて、ずるずると相手探しが続いているのは単に自分に合う相手が見つからないから。
番に成りたいと思える相手など、やはり簡単には見つからないものだと飽きてきている最近、スフィジェの娘に出会ってしまったのだ。
あれはスフィジェの娘で間違いなかった。
ガーレルヴェルグの干渉がなくなったとき、確かに彼女の血を受け継いでいることを感じた。
でも、よりによって天恵の子だった。
彼女を失ったあとの失意の中で、彼女の子たち、娘が目的だったが、シルドレイルは探した。
あまりにひ弱な子がいたことは覚えているが、その子の存在などすぐにシルドレイルの意識下から消え失せていた。
育たないとして。
そのまますっかり失念していたから、五つの孵化した卵の中でまともに育ちそうな子はアドリィを除いた四匹。
四匹の中で娘は一頭きりだった。
人間の街をさ迷ったシルドレイルは、雌の子はいつまでも大暴れをしたようで、生かしておくには手に余るとハンターに首を落とされて死んだと突き止めた。
だから彼女もいない、彼女の娘だって残っていないと諦めていたのにーーー。
でもあれはーーー。
娘であろうと、無理だ。
無理だと感じているのに、千々に乱れるのだ、心が。
彼女の忘れ形見の、娘、アドリィ、と言ったかーーー。
天恵でありながら生き残っている希有な娘。
弱く脆く小さかったがーーーひどく美しかった。
天恵しか持ち合わさない特別な色合い、鱗。
長く保たない朝露のごとき輝き。
スフィジェの面影も宿してした。
愛しいスフィジェの面影ある美しい、天恵の娘ーーー。
そのうえ、さらにことは複雑に、ガーレルヴェルグがとても気に入っているようだった。
少し触れたぐらいで、あんな狂った状態になるほどに。
ガーレルヴェルグには、闇竜特有の魔の浸食が始まっていることを知っている。
感情の起伏が激しくなり、押さえらえなくなることからはじまり、次第に性格の瓦解、精神の崩壊に至る暴走ーーー闇竜の恒例の末路だった。
負の感情が膨れあがり、制御できないことぐらい不遜で横暴な竜に珍しいことではなかったが、闇竜だと向けられる目が変わってとても厳しくなる。
実際、ガーレルヴェルグは以前より怒りを露わにすることが多くなっていた。
どこまでも飄々として掴めないはずの男が見せる感情の色は、慣れた相手への親しみか歪みなのか。
そんなもの、知るか!と言いたかったが、シルドレイルは闇竜のガーレルヴェルグの監視の役目を負っていた。
若気の至りでそこそこにやんちゃをしたこともあるシルドレイルに与えられた罰だ。
ガーレルヴェルグもちゃんと知っていることだったが、歳が近く能力も互角で引けを取らないからもしもの時には葬るとことまでという役割が大老から押しつけられている。
当事者のガーレルからは「申し訳ない」と頭を下げられた。
不満が山のごとしだが、シルドレイルの気持ちは聞き入れられず、それから黒竜との腐れ縁が続いている。
誰かがやるしかないと折れて引き受けたが、最近はこんな役目は本当に降ろしてもらいたいと感じている。嫌な役だった。腐れた縁でも馴れてしまったから一層、憂鬱になってしまっているのだろう。
でも、あれがスフィジェの子だというなら。
シルドレイルに一つの思いが生まれていることに自覚する。
欲望。望み。
久しぶりに感じる願い。
ーーーでも無理だ。
ガーレルヴェルグは一瞬狂気を見せたが、アドリィを返したことですぐに正常に戻って、まだ大したことではないと判じられたが、でもあれでは娘を引き離すことなどできないだろうと思った。
いや、そもそもまた、だ。
また、欲しいものはすでに誰かのものだった・・・。
見つかったスフィジェの娘は、スフィジェと同じぐらいシルドレイルに、喜びと苦悩を与える小さな小さな娘だった。



20150205

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