第二章

10
「おまえの子か?」
「なっ、違うだろ」
「トルルンギアとの子だな」
「違う!」
「ーーーなら、メイデルリンクを落としたか?」
真面目な顔で問われていた。
「・・・もう好きに言ってくれ・・・」
がっくりと肩を落とすガーレルに、シルドレイルは薄く笑った。
「冗談だ。メイデルリンクは番になることを考えない男を相手にしない。・・・おまえとの血縁はないようだがーーー」
評価されているような冷ややかな視線に、アドリィは思わずガーレルの後ろに隠れていた。
「アドリィ?」
ガーレルに心配顔に振り向かれてアドリィは俯いてしまった。
「どうした?」
「わたしのせい、髪色が黒い・・・」
ガーレルだけに聞こえる小さな声で言った。
言われてガーレルは不愉快そうにしている、子供云々の話は自分のためにガーレルの力が使われていて、髪も瞳もガーレル色に染まっているためなのだから。
もしかするとシルドレイルに婉曲に非難されているのではとも感じた。
そういう意味はなく、ただ男は普段通り口が悪いだけだったが、アドリィはシルドレイルを識らないので、ガーレルの力を利用して成り立っている今の自分のことを気がついていて、責められているのではと過剰に考えてしまう。
「そうじゃないよ。ただ巫山戯て言っているだけだから大丈夫だよ。きみはおれの子じゃない、わかってて言っている。あんな言葉に傷つく必要はない」
半分はシルドレイルへの当て擦りを込めているので、聞いた蒼竜は嫌そうな顔をしてそっぽを向いた。
「大丈夫、平気、平気」
「でも・・・」
アドリィに下を向かれると、ガーレルにはアドリィの頭の天辺しか見えないのに気づいた。
たとえ悲しんで涙を流していてもわからないのだ。
ガーレルは身を屈めるとアドリィに腕を伸ばす
腕の上に座らせるように抱えた。片腕に楽に収まるほど小さく軽かった。
こうすれば視線が近づき表情も見ることができる。
人間のように泣いてはいなかったけれど、黒い髪を喜んだときとは全く違う沈んだ顔になっていた。
それどころか、会ってから一番暗い顔をしていると思った。
やっぱりずっとこうしていればよかったと思った。
大事そうに抱いていれば、シルドレイルだって何ごとかと、軽口を口にしたりしなかっただろうし。
「この子はアドリィだ。人間に捕まっていた。ここで少し安ませてやりたいから来た。虐めないでくれ。ーーーそういうことで、おれとアドリィ、しばらくの滞在の許可が欲しい、頼めるか?」
「駄目だと言っても、もう居座ることを決めているんだろ。勝手にすればいい」
それほどの悪意があったわけではないが、虐めたと言われたらその通りだ。分が悪い蒼竜は冷たく言い捨てると、くるりと背を向けると林の奧に姿を消した。



竜は鱗の色に誇りを持っている。
鱗の色が自分の色だと感じて、大好きな色なのだとアドリィは思った。
だからガーレルは人間になったとき鱗の色である黒い衣装にすっぽり身を包んでいる。
そしてシルドレイルは澄んだ湖のような蒼色をした竜なので、蒼だった。
濃淡はあるものの蒼い色で上衣、脚衣、長い脚の際立たせる長靴も蒼の系統色だった。
体を覆う長い上着は優雅に風をはらみ躍る。それだって薄色で空気に溶けそうだったが蒼だった。
長い長い髪色が蒼くない銀色なのが不思議な感じがするぐらいだけれど、それはガーレルが教えてくれた。
以前は蒼い髪色にしていたんだけど、そんな色だと化けている意味がまったくない。
鱗も一枚無く完ぺきに化けたって人間には見えないから。反省したのだろう。
ああ、そうかと納得した。
本当にそれでは意味がないから、不承不承なのだろう。
でもそういう風に竜はできているのなら、自分はどうなのだろう。
やっぱり出来そこないだった。
自分の色と感じる色もないのだから。
鱗は透けるように色が無くて、瞳だって特定の色がないから執着もない。
だからきっと誇りもないのだろう。
「アドリィ、どうした?」
考え事をしていたアドリィに、大きくて強く美しい黒竜のガーレルが心配そうな顔をして自分を覗いているのに気がついた。
草が太陽の光を浴びながら、風にそよいでいた。
静かな日だまりに座り込んでアドリィはゆったりと日光浴をしていた。
けれどどこか表情が浮かなくて、ガーレルは気になっている。
アンザーは大きなアンザノン湖が近く、まわりをぐるっと巡る山脈からの本流、支流が集まる地域だった。
シルドレイルは水の精霊の竜なので、特に水の精霊が多く、からかうようにアドリィの側に集まってきている。
精霊だけで、精霊を統括する竜の方はーーー少し怖いシルドレイルは去っていったきり姿はないので平和なはずだったけれど、アドリィの心はいろいろ動揺していた。
心が揺れている。
今までないほどのたくさんの複雑な事態に直面してしまったからだろう。
ガーレルは強いけれど、とても優しい黒竜だった。
非力なアドリィに力を貸し与えてくれるほどに優しい。
ガーレルのことが好き、とアドリィは感じていた。
それは、強くて美しいからだと思っていたけれど、同じ様に力の溢れる選ばれた竜であるシルドレイルに会ってみて気がついた。
シルドレイルにも圧倒されたけど、それだけだった。
だから、好きなのはガーレルだからだと。
でも、不遜すぎることで自分などが告げてはならない思いだと同時に感じた。
なんでもないよと、アドリィは首を横に振る。
誇りがないことも、好きだということも言えないことだった。
20150118

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