第二章

9
「帝国は、竜が多いこの地を保護区とした」
まあ、どんどん竜が狩られていく現実をなんとか対処しようとしているーーー振りをしたかったんだろうね、とガーレルは言って笑った。
穏やかな表情だったが、中味はなかなか辛辣だった。
「保護区制定なんていうと、後世、この時代帝国はちゃんと竜を守るために動いていたんだぞ、という歴史的証拠にもなるし。だから本当にぺらっぺらの表面だけ。たとえハンターが保護区に入り込んだって役人が追うこともしない放置状態なんだけど、ね。まあそれ以上を求めてもいろいろ問題が出てくるから、十分なんだけどーーー」
ふふんと意味深に鼻で笑ったガーレルに、アドリィは首を傾げた。
「問題っていうのはどういうこと?」
ああ、それはね。ガーレルは考えていた他ごとを放り出して、目の前のアドリィに向き合う。
小さくて可憐なアドリィに比べて、無粋で、どす黒い者たち。彼らに大事な宝物を晒すのは癪だったが、仕方がないのだろう。
「シルドレイルには人間の決めごとなど関係ないね。気に障ったらシルドレイルにとって、人間にハンターも役人も区別無く葬るから。それに、あいつの取り巻きの連中も殺気立っておっかないから、人間など目障りだと即刻、潰しにかかるだろうし」
でも、と言った。
「いいこともある。保護区に踏み入ることは、法を犯すことになるから気が引けて、他を当たるというハンターも入るようだから。来る奴は来るけどここにはシルドレイルとその取り巻きがいるということは周知になっているから、さらに増えてもあまり騒ぎにならないだろう。比較的気楽に竜体に戻ることもできる場所だから、ゆっくり休めると思う」

アンザーは大小の湖が点在する広量な盆地だった。
帝国王都の南方の緑豊かで、水源も豊かな森林盆地だった。
竜の保護区で、大きな成体の凶暴な竜が何頭も暮らしている。
法を破ることをいとわないハンターがときどき一攫千金を狙ってやってくるが、人間の姿を不快とした雌性の竜たちが竜としても珍しい団結をして、逆に人間に罠を張り、一世を風靡していた歴史ある大きな竜狩り集団を、一夜で壊滅させたという話は耳に新しい。
無事に一頭の竜だけに出会って、大怪我だけで、運良くとどめを刺されず帰ってこられたという場合もあるが、そのハンターは帝国が威信をかけ、法を破った犯罪者として捕らえという噂だ。
竜がいることはわかっていても、あまり人間にとっては良い狩り場とは言えない状況だった。
だから気候も峻厳な辺境地でなく、大陸の中央地にありながら環境良く平和で、穏やかな竜の楽園土地であるーーーなどと言われる。
ただし、楽園は誤解だった。
シルドレイルが寛大に領土に入ることを放任するのは雌性の竜だけであり、新しく加わる雌性竜は古参の雌竜たちの洗礼を受けることになるらしい。気にくわないと、シルドレイルではなく彼女たちに追い出されることになるのだ。
帝国の中央部に近いため、主要な街道に囲まれるシルドレイルの領土は、まわりをたえずいろいろな人間がうろうろするうるさい土地だった。
ガーレルはどっさり雪が降る自分のミッドルーンの地が好きなので、少しも羨ましいとは思わなかった。
けれどミッドルーンはここから遥かに遠く、道のりは険しい上に戻ってみるとガーレルを狙っが人間が罠を張って潜んでいる可能性も高い。
不満はあっても、アドリィを休ませるにはアンザーは近場でよい場所だった。
「その女の竜たちは姉妹たちが暮らしているの?」
「ああ、違う。そうじゃない。姉妹でいることもあるかもしれないけれど、そういう仲じゃない。きみの前に、こういうことをあまり口に出したくないんだがーーー」
ガーレルは前置きした後、少し声を潜め非難するような口調で言った。
「シルドレイルは、女たらしなんだーーー」
「おいっーーー」
ガーレルは気配を感じていたのか平然だったが、声が聞こえて驚いたアドリィが背後を振り返っていた。
「でも、本当のことだろ?」
ガーレルは、男に首を竦めて見せた。
少し低めの澄んだ声だった。
木立に寄りかかるようにその男は立っていた。
腕を組んで、不機嫌なそうな硬い表情で。
それでも釘付けになってしまうほど、ひどく美しい男だった。
大きく力のある美しい竜だった。
「私は、近いうちに伴侶を見つけたいと言っただけだ」
「それで集めて、来るものは拒まず、けれど決めないーーーは質が悪い」
美貌の蒼竜はふんと鼻を鳴らす。
「番となる気もないのに来るもの拒まず、手当たり次第のおまえよりは遥かにましなのでは?」
「それ待った!・・・今はそういう下品な話はいいっ!」
ガーレルが慌ててやめさせようとしていたが、
「下品?おまえに品も下品もないだろ、意味があるのはいかに多くの自分の卵を生ませるか、それに尽きると豪語していただろ」
「だ、だからっ、今、そういう話をするなっ!」
ガーレルは血相を変えていたが、シルドレイルはどこ吹く風だった。
「頭でも打ったか、それとも痴情のもつれに誰かに食い千切られたか、大事な場所を。・・・それは、なかなか大変そうだな」
自分で言いながら気分が悪くなったようで大仰に顔を顰めた男に
「・・・」
あられもなさすぎて、言葉もないガーレルをアドリィが静かに見上げている。
ガーレルは姿も幼いアドリィに、意味が通じていないことを心から望んだが、そういう訳にはならなかった。
「男同士のお話に邪魔?なら離れているよ?」
冷静に言われてしまうと、大人げなくぜんぶ嘘だからと否定することもできない。
「・・・大丈夫、そんなことないから・・・」
穏やかに言ったあと、一変して怒りに震えるガーレルはシルドレイルをギンと睨みつける。
「女の子の前で恥を知れ、シルドレイル!」
「女?」
今はじめて気づいたとばかりに、シルドレイルの水色の瞳がアドリィを見る。
雌性相手には、自分に対するときとは別人のような慇懃な態度を取るこの男がアドリィを雌性ととらえていないことは明らかだった。
それはガーレルにとって喜ばしいことだったけれど、このまま無意識にいられるわけにもいかなくなっていた。
アドリィの前で、あることないこと言われ続けるのはかなわない。
20150114

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