第二章

8
闇の精霊に選ばれた竜は、闇に集まる魔物に瘴気に自我を失い暴走する可能性が高いので、初対面だろうと、こいつもいずれ問題を起こすだろうという目で見られることになる。
実際、黒竜は自滅の道を辿って、定説通りに果てたものがほとんどだったが、闇は光と同様に世界の大切な要素であるから、闇の精霊を総括できる闇竜だって世界にとっても不可欠な竜だった。
理屈では確かにそうだ。
けれど感情がある竜として、力が強く破壊的な能力となる黒竜はやはりやっかいだということは否めない。
ガーレルだって、自分でそう思うのだ。
そのうち自分は狂っておかしくなる。それが宿命だから受け止めるしかないけれど、想像してみて楽しいことではない。
狂った竜は誰に倒されるのだろう。人間か、それとも仲間かーーー。
自分は誰が殺すのか。
自分で自分の心臓を食い破れればいいけれど、それが出来る状況なら暴走とも狂ったとも言われないのだろう。
その黒竜にまつわる憂鬱さを一番感じていなさそうなのが、目の前のこの小さな竜だった。
誰よりも弱々しいなら、真っ先に黒竜を怖がっても良さそうなのに。
弱いので、強さに誰よりも焦がれるてしまうのだろうか。
一番の原因は、生まれて間もない真っさらな子竜だったアドリィに世界についての知識を与え、影響を及ぼした竜だった。その竜の思想が理想主義者だったのか、何かで、少々偏っていたことだろう。
そのうちちゃんと自分が教えないといけないと感じていたけれど、今じゃなくてもいいかなと、きらきら視線を心地よく浴びながらガーレルは思った。
間違っていて、正しくないものだけれど、悪くない。まったく悪くない。かなり良い。
可愛らしい女の子から一心に向けられる思いとして、悪い気はしないから困ってしまって、ガーレルは、自分も今、とても傾いて、偏っていることをちゃんともう意識していた。
アドリィよりに、だ。
小さな竜。育たないはずの天恵の竜だ。
とても珍しいけれど、それ以外に何があるのだろうか。
成長しない、生存競争から脱落して、他者の命の糧と決まった竜だった。
だから今だって、ひどく小さく、頼りない。放って置いたらすぐに消えそうだった。
これからだって、たいして成長できないと感じている。
一度弱ったものが、巻き返しまわりに追いつくことなんてほとんどありえないことだった。
懸命に生きようが、まわりだって一心不乱に生きている。
弱っていた間に開いてしまった差は、まわりがそろって動きを止めてくれない限り、もう永遠に埋まらないはずだ。
冷たいようだけれど、世界などそんなものだと思ってきた。
なら、アドリィに関わることも、情を移すこともすべて無意味だと感じるのだ。
ーーー情を移した先、何があるのだろう。
無いと思う、から。
何も無い。
求めるものが。
求めるべきものが。
彼女には卵など産めないと思うから。
ーーーそれでも、だ。
困った状況だった。
いわゆる、恋は盲目ーーーというあれだろうか。
ガーレルは小さな相手の一挙一動に気分が落ち着かず、視線もくすぐったくてたまらないけれど、やっぱりここに落ち着くのだ。
これは、ぜんぜん、悪くはない、だ。



「ここから先は、シルドレイルという男の領地になる」
シルドレイルという竜のだ。
シルドレイル・アンザー。
旧式の地図でアンザーと記される一帯の地域を治めるのはシルドレイルという名の青い竜だとアドリィも聞いたことがあった。水の精霊に選ばれた竜、水竜とも青竜とも称される竜だった。
竜と精霊は仲が良く、竜は精霊の力を使役できるが、シルドレイルやガーレル、ガーレルヴェルグは次元が違う。
精霊が主と認め、付き従うのだ。精霊が認めるほど優れた竜である上に、精霊という存在を己の一部として振るう竜だ。
ごく一部の竜だけがなることができる特別な竜で、普通の竜と大きさ能力も格段に上だった。だから人間は竜王とも呼ぶようだが、竜と人間では言葉の感覚が少し違う。
王というなら領土と配下を持っていそうだが竜だとそうは限らない。
地を定めず、世界を流れ生きた竜王がいた。それは闇の精霊憑きの黒竜だったこともあり行きついた各地で、人間にさまざまな悲劇をもたらした有名な竜だ。
そういう点ではシルドレイルは、ガーレルも共に自分の領土も持っているので王らしい王ということになる。
ただし配下は存在しない。
竜は基本的に群れることを嫌い、単体で棲んでいるから。
各竜がそれぞれ王だから、せいぜい共に棲むなら王と女王だけだ。
卵から生まれた子竜が巣立ち、亜成体から成体と成長を終えて特定の相手を選び番いになる。二頭がたえず寄り添って棲んだという話もあるけれど、番いの竜でさえ生殖期だけということの方が多い。
でも変わりものはどこの世界にもいる。
シルドレイルは変わっているのだ。彼の領土にはこのところ複数の竜が棲んでいることが多い。入れ替わるようにして棲んでいるのは、シルドレイル以外はすべて雌性の竜だったが。
その地に、今、雄性が入り込もうとしていた。



20150111

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