第二章

6
ガーレルが驚いた顔をして、奇妙な物を見るよう目差しになっているアドリィを見下ろした。アドリィは説明を求められているのだと思ったから言った。
「なにかが違っている感じがして、変だった。でも理由がわかった・・・髭が無くなったから」
「ーーー変?」
ガーレルは自分が違っているなどと思っていないので、驚くのだ。
しかも昨日と今日だ。
確かに今は髭はない。
でも人間の男は放っておくとすぐ伸びるのだ。
どんどん伸びる。
剃らなくてはいけないのかと気がついたが、毎日のようにそんなことをするのは面倒だった。
しばらく人間でいるうちに、髭も髪も伸びてくる。
それで出来上がったのがあの姿だった。
自分ではちっとも気にしていなかったが、一度変身を解いたことで、適度な状況に化け直したので今は整っているが、これだって、いずれすぐにーーー。
食い入るように見つめられている。
「・・・そんなに違う?」
「・・・」
曖昧に、頷かれないの不安な返事だ。
「・・・どっちがいい?」
「・・・どちらでも・・・」
本当に、どちらでもいいなら、それほど見つめなかったのではと思うのだ。
今はもうガーレルも竜の力を隠しているので、ただの人間だから、アドリィの気持ちを察するしかない。
「・・・髭が無くなって、どんな風に変わったと思った?」
「・・・」
なんだろう、その沈黙が怖いと思った。
少し前まで、浮き浮き、晴々だった黒竜・ガーレルが感じるそこはかとない恐怖感。
「ーーーアドリィ?」
「・・・若くなった。もっと年を重ねていると思っていたけど、若いんだなって。・・・それに、少し小屋にいた熊のドーンみたいだったのに・・・ドーンじゃなくなった・・・」
「ーーーわかった。きみの前ではちゃんと髭を剃ることにするよ」
「別に、そんなこといいっ・・・」
「よくはない、ぜんぜんよくない!」
人間に化けているのに、熊のようだったなど何たることだろう。失態だ。
ガーレルは、存在相応に自信家だったし、そんなことを誰かに指摘されたこともなかった。
「見えたといっても少しだけだからっーーー」
「少しでも、熊は、よくないなーーー」
その前にもっと気になる発言があった。爺ぃに見えたなど、もっとよくなかった。
アドリィから、そんな風に自分は見られていたのだ、ずっとーーー。
少々、凹んだ。
「だって、黒いし、大きいしっーーー」
アドリィが慌てて取り繕うように言葉を重ねたが、黒くて大きいが熊なら、自分は間違いなく、熊だとガーレルは思った。
もっと細い男に化ける竜を知っているが、その男に比べたら自分の方がやっぱり熊っぽい気がする。
「ガーレル・・・?」
アドリィの表情が強張ってきている。ガーレルの表情が変だから。
「乾し肉と、パンとチーズがある」
ガーレルは楽しくないこの話はもうやめようと、肩に背負っていた鞄を外してアドリィの前の地面にどさっと置いた。
「何が食べたいかい、見てごらん!」
明るい口調で、屈んでがさごそとやっているとさいわいアドリィも興味を持って覗き込んできたので、胸を撫で下ろす。
駄目だ。
アドリィの前では裸になることもだったが、いろいろ気をつけなくては、とガーレルは感じていた。
アドリィは可憐な容姿に相応しく、今まで会ったことのある者の中でもとりわけ繊細なのだ。
特別アドリィが神経質ということではぜんぜん無く、ただずっと無頓着できたガーレルが、アドリィの前ではじめて少し他者の視線を気にした、というだけのことだったけれどガーレルは、アドリィのために必要なことと決意を新たにした。
ガーレルが話を打ち切ったので、結局、アドリィは一番肝心なことを言えずに終わってしまっていた。
最初は熊のドーンみたいで少し可愛い感じだったけれど、髭が無くなったら、ドーンではなくなってしまった。
ドーンにはなかった人間の顔が現れた。
それでーーー格好良くなった。
人間の中でも格好良い、と思ったよーーーなんて、主観が入り評価するような不遜なことを相手に伝えるのは勇気がいることだった。
二足立ちになった熊に見えたは評価ではなく、事実なのでと区分されて横に置かれている。
だからもう格好いいことは知ったので、たとえ髭がまた生えてももうきっとドーンには見えないから、別に剃らなくてもいいってことも、たぶん、ガーレルに上手くは伝わらなかったと思った。
でもそれほどガーレルは怒ったわけではないので、べつにいいか、となった。
たぶん、それでよかったのだ。
アドリィの、格好良くなったなどという言葉を聞いたら、ガーレルは自信たっぷりに間違いなく舞い上がるから。
少しぐらい、釘を打たれたぐらいが、ちょうどいいのだ。



20150101

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