第二章

5
ガーレルほどではなかったが、アドリィもとても楽しい気分に満たされていた。
黒い髪になった自分。
ガーレルは竜の気配を完全に消して人間に化けたとき、目の色が金色から琥珀色に変わるのだと知った。
だから今のアドリィも、普段の自分の色合いはなくなって琥珀色の目になっているはず。
ガーレルと同じように。ガーレルの一部として。
それは同化であり、支配ーーーかもしれないけどまったく不満なことはなかった。
想像以上の状態がアドリィを待っていた。
体が軽いのだ。
こんなのは自分ではない。力が流々と溢れてくる感じを味わっていた。
体が快適に軽ければ、心だって軽くなる。わくわくと弾んだ。
大きさは小さいままだけど、今までとは比べものにならない活力が体に満ちていると感じるのは気のせいだけでないと教えるものがあった。
それが空腹感。
食べないから大きくならない。
大きくならず、成長しないからなら食べる必要も少なくなる。だから食べたいという食欲だってほとんどわかないのだろう。
アドリィはそういう生き物だったはずだ。
だから好待遇とは言えない環境下でも空腹を苦しんだことのなかったアドリィが、今、とてもお腹が空いたと感じている。
生きる力が溢れるから空腹なのだと理解した。
これは喜びの感覚なのだ。
とはいえ、抱えているには少し辛いものだった。
何か食べたいと気持ちは、一度意識をしてしまうともうそこばかりに気持ちがいってしまって離れないのだと知った。
今はそんなときではないとアドリィは我慢をしていたけれど、体の方が不満を破裂させた。お腹がくぅっと自己主張を訴える。
慌てて押さえてみたけれど、横を歩いていたガーレルにも、しっかり聞かれてしまったようだ。
こちらを見たガーレルと目が合ってしまい、恥ずかしくなって俯いた。
「そうだね。そろそろお腹が空く時間だよね、すっかり忘れていた。昨日からほとんど食べてない、ごめんね」
穏やかな笑顔を浮かべたガーレルが言い、そうじゃなくてと、話してみたくなった。
なぜって、これはガーレルの生みだした変化だったから。
喜ばしい変化。まるで、普通の生き物のようになった気分がするのだ。
「・・・今まで、お腹がこんなに空くことなんてほとんどなかったの。不思議。いつまでもどんどん歩いていられる感じがするし、お腹が空いたし、気分も素敵、とても楽しい・・・全部、ガーレルのおかげだと思うから・・・」
ガーレルは少し驚いた顔をしたけど、すぐにもっと深い笑顔になり
「でもそれは少し違う、いつまでも歩いてはいられないよ。なぜって食べないと、空腹感に潰されて動けなくなる」
そうなのかと、思った。
アドリィにときたまあった経験のある薄い薄い空腹感は、食べる物がなければそのまましばらく無視しつづけてもいいようなものだった。
でも普通になるっていうことは、蹲っているだけでよかったときとは違うのだ。
檻から出たことで人間から逃げなくてはらなくなったと同じように。普通でいるための必要な条件のようなものだと思った。
「お腹が空いた?」
「・・・うん。・・・空いた・・・」
申し訳ないような気分になってくる。
今は追っ手を気にしながら歩行で少しでも離れなくてはと移動している最中なのに、自分は余分な事態を作ってしまっていた。
「おれも、実は結構、空いている。何か食べようか」
「・・・でも・・・」
アドリィは後ろを振り返っていた。
緑の下草と雑木林が続いている。朝日があたりを照らし明るくなった分、心配になってくる。昼間は人間が活発になる時間だった。
今にも後方から雄叫びを上げて攻撃してくるのではないかという不安があった。
「まだ大丈夫だよ。ずいぶん飛んだから。・・・まあ、元々この辺にいた奴らが跳び付いてくるかもしれないけど近くに人間の気配は無かったよ。食事をする時間ぐらいはある」
自信たっぷりにガーレルは断言するので、アドリィも少しほっとした。
ガーレルの顔を見上げるアドリィはこの、ほっとしたとき、はっとなった。
気がついたのだ。
ガーレルの違和感の正体だった。
「髭がない・・・」
前髪も少し短くなって、最初の時に比べて琥珀色の目がよく見える。
顔が白い、のだ。
前は、顔もほとんど黒かったのにーーー。
頬と顎を覆っていた髭が無くなってすっきりとしているから。
「ーーーえ?」
20141228

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