第二章

2
「相談?」
「そう、相談。出来れば協力して欲しくて・・・」
自分にできることなら、何でもしたいと思った。
そう伝えると、ガーレルは嬉しそうな顔になる。
「直に人間たちが追いかけてくるだろう。黒竜と、もう一頭。きみが一緒だということはすぐにバレるだろうから、二頭の竜がうろついていることになる。喜び勇んでやってくるだろう」
うんと、と頷いた。
それはアドリィも気になっていたことだった。
ガーレルは元々、追われているのだと言っていた。
気配を隠していたはずだったのに、アドリィを連れて街から逃げるために思い切り派手に黒竜の姿に戻ったので、捲いていた追っ手はすべてガーレルの居所を知ってしまったはずだ。
でも、またこうして人間に化けて消息を消したとしても、竜の気配を消しきれないアドリィを連れていてはアドリィが手がかりとなって黒竜の居所も知られてしまうことになる。
やっぱり、自分は足手まといーーー。
説明するまでもなく問題を悟って悄然となったアドリィに、ガーレルは慌てて言った。
「大丈夫だ。方法はあるんだ」
不安そうな表情で首を傾げたアドリィに男は
「ただそれには、きみの承諾が要るから・・・きみは、嫌だと感じるかもしれなくてーーー」
「・・・どんなこと?」
痛いことは嫌だと思った。苦しいことも嫌だなあと思った。
でも黒竜のガーレルの意志なら、仕方がないのかもしれない。
大きくて強いものを前にして、小さくて弱いアドリィの希望など意味のない、ただのわがままだと許されないはずだ。
「きみは、完全な人間に化けられない・・・」
すぐに再び頷いた。事実だから。
「今も鱗が残っているから竜の気配が消し切れていない」
その通りで、自分でもわかっている。
わかっていても、化けることにはとても体力がいるのだ。
ガーレルには容易く、そしていつまでも平気で完ぺきに化けていられるのだろうけどアドリィは違う。
一見人間の姿に見えるアドリィの肌の上には鱗が所々残ってしまっている。
正体を隠し切れていない不完全な変化では、特殊な術具を使って竜を追う者たちの目を欺くことは出来ない。
でもアドリィにはこのくらいがせいぜいで、精一杯だった。
完全に人間に化けようとしてもその瞬間に息が上がってしまい不可能なのだ。
そういう存在でしかない。
だから、生きる能力が備わっていなかったアドリィは別の存在意味を与えられたーーー。
力のない弱い個体は巣から飛び出しても後はない、外敵に狩られるだけだから、それなら仲間のために役に立つようにとーーー。
それのにーーー。
「そんな悲しい顔をしないでくれ」
アドリィを気遣うガーレルは優しく言う。
でも、やっぱり無理なことだったのだ。
アドリィは見世物小屋から連れ出して貰ったけれど、ガーレルとはこれ以上一緒に行くことは出来ない。
「おれの力を使えばいい」
驚いて、アドリィは顔を上げる。
「足りないところを、おれの力で補うんだ。そうすれば鱗を消すことができる。万事上手くゆくーーー」
「そんなこと・・・」
「できるよ」
ガーレルは力強く頷いた。
信じられないような話だった。そして、とてもいい話に聞こえた。
そんな方法があるなんてアドリィは知らなかったが、他者に提供するほども持ち合わせないので知識が与えられてなくても当然だった。
だったら力がありあまるほどの大きな黒竜が言うことは、知識を実行することの出来る相応しい存在として疑う必要もないのだと信じられる。
でもそこには何らかの問題が発生する。
本当にすべてが、万事が上手くゆくなら、相談があると、ガーレルに切り出されてはいないのだろうと思った。
決定的なことではないから持ち出された。けれどアドリィには、普通程度の問題であってもーーー他の竜は少々苦労してもなんとかこなせることでも、自分は切り抜けられないだろうという変な自信がある。
アドリィの心に大きな不安が広がってゆく。
ガーレルは少々手こずっていた。
上手い言葉を選んで説明しようにも、そんな余裕がないほど反応が早いことに舌を巻きながら、でもここは譲れない大事なことなので。
小さなアドリィを相手にしていると、これまでの自分の調子がまったく通じないことを、ガーレルももうしみじみと感じている。
こんな経験は今までになかった。こんな気持ちもだ。
「やってみるとしよう。その方が早い。嫌ならすぐ、解けばいい」
ガーレルがにこやかに言い、アドリィは頷いた。
他にいい方法など何もわからないから、頷く他はない。
「触れるよ。いいね?」
うん、と同時にガーレルの大きな両手がアドリィに伸ばされる。
悪意無く、ただ力の配分を失敗したと、アドリィの小さな頭などくしゃっと潰されても不思議はないぐらいだろうに、両頬を大きな掌がひどく優しく、そおっと押し包んだ。
ひんやりと心地いい。人間より体温がまだずいぶん低い。
目だって金色に輝いていて人間になりきっていないガーレルの掌は、まだ竜そのものだと肌を通して気がつくのだ。
ぞくりとした。
体の中に強い何かが流れるような感じがした。
20141218

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