第七章

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焦って頼んでいたが、ふと考えて、話を戻した。
「大怪我をして今年は駄目でも、きにには来年、再来年があるってことだ。卵の卵はあるということは紅竜王の保証が付いたんだ。だったらきみの憂いは解消されたはずだ。生むに至るかどうかなんて心配はきみに限ってのことではないよ。最近ではほとんど卵は産まれなくなっているんだからーーー。でも生き続ければ、時間はたっぷりある。きみが望むなら、竜の長い時間を、生き急ぐことなくゆっくり着実に過ごして、その時がやってくるのを楽しみに待つってのもまったく悪くない生き方だと思うーーー」
生きたいと思った。
黒竜王として、派手に狂い死にするのではなく、細く長く生き続けたい。
どれだけ人間を蹴散らしたかという武勇伝や、伝説などいらない。
そんな地味な人生など黒竜王らしくないと嘲笑されたとしても、これはガーレルのための人生のはずだ。
「おれと生きて欲しい。おれの横にいて欲しい。おれときみで生き続けて、卵が産まれればそれはいいことだ。でも生まれなくてもきみがいてくれるならそれでいい。おれの人生の連れ合いとなってくれーーー」
ガーレルは今、心から願い、思いをアドリィに伝えていた。
ガーレルがなぜこれほど自分のことを大切にしてくれるのか、アドリィはずっと不思議だった。
まるで釣り合わないのはわかっているのに、自分はどうしてこんなに惹かれてしまうのかも不思議だった。
理性はガーレルのためにならない、駄目だと言っているのに、ガーレルはアドリィを我が儘で、欲張りにさせる。
こっくりと、アドリィは頷いていた。
「ガーレルと生きたい。命ある限り、一緒に生きたいーーー」
その瞬間、体が変わるのを感じた。
心だけではなく、血が、肉が、すべてが、掛け替えのない相手を得た喜びに染まり、二つだった流れは絡み合って新しい流れ、奔流となる。
番の相手は、運命の相手。
魂が惹かれあう、もう一人の自分。
出会うべきして出会う、出会えないものは不幸だとさえ言われる意味がわかった気がした。
「は、はははっ・・・これが伴侶を得るってことかーーー生きている意味も知らない青二才って言われるわけだ・・・」
アドリィを腕に抱いたガーレルは震える声で呟いていた。
今まで味わったことのない充足感と、得も言われぬ心地良さに深く満たされていたのはガーレルだけではない。
精一杯腕を伸ばして、アドリィはガーレルを抱きしめていた。
大切な大切な相手だった。
強い力のある黒竜王であるけれど、アドリィが全力で守りたいと願う人生の伴侶だと実感していた。
これまでたえず心にあった、自分など不釣り合いでしかないという劣等感はもう微塵にもなかった。
ここにいるのは、アドリィの黒竜王・ガーレルヴェルグだった。
ガーレルのためなら、どんなことでも出来る。ーーーそれは出会ったと時から変わらなくても、今ならもう一つ思う。ガーレルを独りにして悲しませないために、自分も死なないで生きるのだと。
満ち足りたこの気分が、幸せなのだと理解した。
しばらくは精神的な繋がりしか持てないような、小さな竜で、天恵の生き残りだろうと、わたしは不幸などではなく、このために生きてきたのだとさえ感じるのだ。
しばらく抱きしめ合っていたが、ガーレルが顔を上げてアドリィの顔を覗き込むように囁いた。
「体の具合が落ち着いてきたら、一度この森から出て行かないか?おれの森を、雪深い領地をきみに見せたいんだ・・・。寒ぎるというなら、それからまた考えてどこかに移ってもいい。少々遠いが、おれが竜になってきみを運んでもいいし、ゆっくり人間世界を観光しながら行くでもいい。勿論、きみの身はおれが全力で守る。竜だとばれても平気だ。冒険心のあるきみならきっと楽しめるはずだ・・・」
「うん、ガーレルの領地に行ってみたいな・・・。そしていろいろなところを見てみたい、ガーレルと一緒に。ガーレルと一緒ならどこにでも行くよ。だから、わたしを置いてどこかにいってしまわないで・・・」
真剣な眼差しで請われたガーレルの返事など一つだった。
「そんなことをするわけがない。ーーーアドリィ、今日の日の記念に口づけを迫っていいだろうか?」
優しく穏やかな笑みを湛えたガーレルの申し出に、アドリィの返事も一つだった。
白い肌を恥ずかしそうに薔薇色に染めて頷いた。
ガーレルとアドリィの口づけは、到底、伴侶のものには見えない光景だった。
成長が止まっていたせいでほんの少女にしか見えないアドリィと、大柄の筋骨逞しい男が夫婦ーーー番の関係になのだと察する者はどれほどいるだろう。
それでも二人の新しい時間が流れ出したのだ。
竜にとって生きづらい世界だろうと、番となったとしてもまだまだ問題は山のように積まれていようとも二人の世界だった。
おれたちは、わたしたちは、この世界で生きてゆくーーー。
アドリィとガーレルが番になって初めての口づけは、命のある限り共に生きてゆけることを願った、祈りの口づけだった。








20171029

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