第七章

14

ガーレルは顔を顰めるとすぐに答えた。
「・・・アドリィは勝手にあの人間に与えると約束をしていたんだ。もうびっくりだ。慌てて取り戻した・・・」
「なぜだ?」
「男の息子の病気の治療に竜の肉がーーー」
「違う。なぜ取り戻した、取り戻してどうしてやるつもりなのか?」
尻尾を見つめていたガーレルが、顔を上げて横に立つシルドレイルを見た。
そして、にいっと笑っていた。
「そんなの決まっているだろ」
「・・・」
ガーレルの竜の気配が膨れあがり姿が少々変化した。
上半身を中心に、人間には見えない物へと変わった。
一番大きく変化したのは頭部、顔だった。
口が大きく裂けて、犬歯は牙になり、竜のようにぎらっと鋭い歯がびっしりと並んだ。
黒い鱗の覆われた手の甲の先には鋭いかぎ爪が伸びている。
竜と人間の間の竜人態になったガーレルはアドリィの尻尾を掴んで天に翳した。
木漏れ日に鱗がきらきらと輝いて美しかった。
そして、くわっと大口を開けた。
ガーレルの腕は、掴んでいるアドリィの尻尾をその口の中にゆっくりと沈めていった。
二、三度咀嚼しながら、ガーレルはその肉を呑み込んでゆく。
あっという間に塊は、ガーレルの体の中に消えて、ガーレルも普段の人間の姿に戻っていた。
「美味かったか?」
半ば呆れた声にシルドレイルは聞いたが、ガーレルがこうするだろうことは予想していた。
「・・・美味しいとは思わなかった・・・味がしなかった・・・。けど、誰だろうと、やれない。喰われたくない。だからおれが喰った」
自然界の中で肉は食われるか、腐るかだ。腐ったって、それを好む生き物が食べて分解する。
埋葬したって同じだった。
土に埋めたって、土の中に生きている小さな生き物たちが食べ尽くすのだ。
それが我慢ならないガーレルだから、自分の中にアドリィの体を収めたのだ。
失った体の一部だろうと、自分と一緒になって生きてゆけるように
多少歪んではいるが、ガーレルなりの愛情表現だとシルドレイルは好意的に考えることにした。
「まあ、とりあえず、あの娘の前で喰わなかったことは評価してやる。あと女たちの前でもだ」
「・・・でも、アドリィはともかく、あいつらは目ざといから気付くんだろう・・・」
不満げに言ったが、
「光景を目の前で見たら、それどころじゃなく騒ぐだろう」
「ん?ーーーやっぱり、おれの行動は問題あったか?」
真顔で尋ねたガーレルにシルドレイルは呆れて溜息を吐いたあと、
「おまえにしたら、何ら問題ない。安心しろーーー」
「じゃあ、良かった」
にっこり笑ったガーレルに、シルドレイルはくくくっと笑うしかない。



アドリィはゆっくりゆっくり回復していった。
膿んでいた傷は腫れが収まり、薄皮が張って、尻尾の切断面も血色が薄れ乾いていった。
この調子であれば、断面は時間と共に肉が盛り上がって、新たな尻尾が伸びてゆくだろうと感じられてほっと安心した。
良く晴れた心地よい風の昼下がり、虹色の竜はふっと目を開けた。
周りをぐるりと見回し、ガーレルの姿に視線を留めたあと、再び目を閉じた。もう二日間眠ったアドリィは三日目に目を覚まし、同時に人間へと姿を変えた。
ガーレルが買ってきた服は二枚とも破れてしまったけれど、下着は余分に買ってあったし、靴は破れることなく脱げて転がっただけなので拾い集めることが出来た。
森の外はまだ人間が多かったので、買い出しはもう少し落ち着いた頃に行くことにして、それまではアドリィはガーレルの服を着ていることになった。
女たちが自分たちの服を貸そうとしたが、ガーレルが嫌がったのだ。
ガーレルの大きな上衣を着ると、アドリィの膝丈までの長さになる。女たちから腰に巻く飾りベルトと、大きく開いてしまう首元に巻くスカーフを借りれば一応見られる姿になっていた。
「黒竜さまの無頓着で地味な黒じゃなくて、私たちのもっと華やかなのを貸すって言っているのに・・・」
「シルドレイルさまに借りても素敵よね、きれいな蒼で・・・」
「仕方ないんじゃない、だって黒竜さまって心が狭いから、嫌なんでしょうよ。束縛したいタイプって、女から見ると本当に最低よね〜〜〜」
「おまえらっ・・・」
ガーレルは唸ったが、それくらいで動じるはずのない女たちで、その間に立つアドリィは一人、険悪な状態を必死に収めようとした。
「ガーレルのシックな黒い服と、可愛いくてお洒落なベルトとスカーフがとってもぴったりで素敵です!」
「そうね。私たちがそういうのを選んで用意したから」
「厳選したの。いいかんじになったでしょ?」
「黒の裾から覗く白い脚がとても艶めかしくていいかんじ。それを狙ったのならちょっと褒めるけど、黒竜さまって狙うも何も黒以外の服持ってないのよね・・・残念」
言うだけ言うと、女たちは去ってゆき、シルドレイルはうるさくなる前にさっさと消えたので、残ったのはアドリィとガーレルだけとなった。
賑やかだったのが急に静かになっていた。
それは、アドリィが目覚めてから初めて二人きりになる時間で、双方が意識してしまったので妙な緊張感が生まれた。
その中で、アドリィがしどろもどろになりながら尋ねた。
「・・・ガーレル・・・怒っているの?・・・それに、こんな恰好・・・私には、変、かな・・・」
アドリィは結構気に入っていたのだ。
ガーレルの真っ黒の服を借りたことも、それに似合う装飾品を借りられたことも嬉しかった。
着る物がなくなってしまったのは自分で破ってしまったからなので、大人しく残っている元の服、檻の中で着ていたものを着るしかないと覚悟をしていた。
気乗りしなくて嫌でも自業自得だと諦めていたのに、こんな素敵な趣向を凝らしてもらった。

20171022

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