第七章

13

元々の体力の差であり、また尻尾を切断した影響だった。
同じく尻尾を切ったガーレルは傍目からはそんなことがあったことなどわからないぐらいぴんぴんしていたが、人間に化けていても真実の姿を透かし見える竜たちは異変に気が付いた。気付いてはいたけど、わざわざ口に出して触れることはしなかった。
そもそもガーレルの尻尾は少し欠けていたのだ。
欠けたのは最近のことで、それに触れたくないから今回も知らん顔をする。
そう黒竜・ガーレルの尾の先は、小さな竜・アドリィの糧とするため、黒竜自身によって切り取られていたーーー。
今回はもう少し大胆に、アドリィと同じようにぶっつりと大きく欠損したが、それだって人間にされたわけではなく、ガーレル本人の仕業だということは疑わない。黒竜王の尾を簡単に切り取る人間がいるなんて考えられない以前に、絶対在ってはならないことだった。
そしてもう一つ。
ガーレルとアドリィの尾は失われていたが、アドリィの尻尾は一緒に帰ってきた。
ガーレルはアドリィの千切れた尻尾をこっそり持っていることを感じたから、いろいろ理由も聞くまでもなく、暗黙のうちに禁句となっていったのだ。
体中何カ所も大きな傷を負って、たくさん血を流したアドリィはガーレルの悪い予想通り、しばらく動けないほど具合を悪くして、その結果衰弱した。
食欲は完全になくなり、生彩も欠き眠り続ける毎日を送った。
最初は人間の姿でいたが、ある朝、突然、竜の姿に戻った。
もはや擬態する体力もなくなってしまったのかと一同に息を呑ませたが、その後は何ごともなく、小さな虹色の竜はシルドレイルの玉座の近くの大樹の元で静かに眠り続けた。
ガーレルがアドリィの側で付きっきりで様子を見ていた。
女たちも心配そうに様子を見にやってきては良い香りのする花を摘んできたり、熟れて美味しそうな匂いがする果物でアドリィを慰めようとしたが、アドリィが目を開けることはなかった。
そんな中、ガーレルは女たちを呼び止めた。
「少しの間、アドリィを看ていてくれないか?」
「ええ、いいわ」
「黒竜さまは、どこかに行かれるの?」
「すぐに戻るが、一人にしたくないからな」
「ーーーアドリィが心配なのはわかるけど、黒竜さまもこのところなにも食べてらっしゃないわよね。目覚めたアドリィに逆に心配なれることなどないように、ちゃんとしていてくださいよね!」
「ああーーー。じゃあ、任せる」
立ち上がったガーレルは一人アドリィから離れては歩き出す。
向かったのは奥まった場所に立つ一本の大木だった。太く古い幹には洞がぽっかりと開いていた。
前に立ったガーレルは洞の奧に手を入れると中からある物を取りだした。
それはツヴァイの鞄に入っていた布にくるまれた塊、アドリィの尻尾だった。
虹色に輝く鱗がとても美しかった。
手に取って、ガーレルはしみじみと見つめた。
いろいろな思いが湧いてきて、苦しくて、悲しくなる。
時間はゆっくりと過ぎてゆくがアドリィは依然として眠り続け、問題は一切解決はしていない。冷静でいるなんて無理だった。
「おい、何をしているーーー」
シルドレイルの声なのは振り向かなくてもわかった。
「おれを見張っているのかよ」
「ああ。また暴れ出されても困るからな」
「おれだって馬鹿じゃない、もう暴れないさ。たぶんな・・・」
「たぶんとは、なんとも安心させられること言葉だな」
皮肉を口にしたシルドレイルは、ガーレルの横まで歩み寄り、一緒になってアドリィの尻尾を見た。
「やっと少し、成長の兆しが見えていたがこれでまた滞るだろうな・・・。それで済んだらいいが悪くするとーーー」
「それで済むよ。竜王が二人に、小煩い女たち総出で見守っているんだ。悪くなるはずがないだろ・・・」
怒ったように言ったが、ガーレルの祈りでもある。
ガーレルも正直不安で仕方がなかった。
傷を負って、その傷が元になって死んでゆく竜はいる。
弱った老体や、体力のない子供は特に危険だった。
切断口が腐ってしまい、毒素が体中に周り、高熱のなかに命が尽きる。
わかっていても、止める手立てはないのだ。
生き物はすべて死ぬ。
死だけはあらゆるものに平等に訪れる。
そこまでの寿命、そういう命運だったと諦めるしかないことだった。
小さな天恵の子のアドリィが迎える最期らしいものだと、諦めて嘆くしかない。
たとえ竜の中でも頂点に立つ竜王だろうと、消えようとする命を引き留めることは出来ない。
ガーレルに出来ることは、どうして自分はあのときアドリィの側から離れて、一人にしてしまったのかと、行動を悔やみ、己を一生呪うしかないのだ。
「おい、なんて顔をしているんだ。大事なことをすっかり忘れているようだな。あの娘は、今生きているんだぞ。楽観視は出来ないが、呼吸をして生きている。死んでしまったような顔をするな。悪い気を呼び集めるぞ!」
叱りつけたが、シルドレイルもガーレルの不安は痛いほど感じていた。
でも言わなくてはならないことだと考えて続けた。
「これから先も、こんなことは何度も起こるだろう。ひ弱な娘だ。本来、すぐに死ぬはずだった天恵の娘だ。それを生かそうとしているおまえの行動は、自然の摂理から外れた物だということは、わかっているか?簡単に体調を崩し、一旦傷を負えばなかなか回復はしないだろう。食も細く、体力も並み以下だ。どんなに苦心し尽力をしようが標準よりも劣ってしまう。あの娘と生きることは苦労を引き受けることだ。ーーーいちいち暗い顔をして落ち込むのなら、さっさとやめてしまえ」
「・・・きつい言い方だな」
「間違ったところがあるというなら聞く、言え」
「・・・ないよ。その通りだ。おれも馬鹿じゃないからわかっている。けど、理屈じゃないんだ。沈むんだよ。・・・おまえも、アドリィを気に入っていると思っていたのに冷たいな・・・可哀想にとか感じないのかよ・・・」
話を振られてしまったシルドレイルは口を噤んだ。
あの娘には深入りをしないようにしている、考えないようにしている。
可哀想すぎて、ずさんな管理になりそうなおまえから取り上げてしまいたくなるーーーとは言えなかったので、シルドレイルは話を逸らした。
「あの娘の尾をどうするつもりだ?」

20171015

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