第七章

12

「でも優しいアドリィは、この男の子供を助けてやりたかった。おれも街では世話になったしな、それに今日はきみの命の恩人だ。この男がいなかったらと考えたら、おれも礼をしてもいいと思った」
「でも、でも、わざわざ切らなくてもっーーー」
ガーレルの脚にしがみついてえぐえぐと泣きじゃくるアドリィに困ったなあと弱っていたが、震える肩から掛けていた布が落ちてアドリィの裸体が晒されてしまった。
「うわっ」
今度はガーレルが悲鳴をあげて、慌てて落ちた布を取り上げてアドリィの体に巻き付けると抱き上げた。
ガーレルの狼狽ぶりに泣くのを忘れたアドリィが首を傾げていた。
「・・・どうかしたの・・・?」
「はっ、どうもこうもっーーーアドリィ、他の男に裸を見せないでくれっ、おれは心が狭い、見た男の目ん玉を片っ端から抉り取りたくなるっ」
「・・・あ、うん、ごめん・・・気をつける・・・」
ガーレルの猛烈な剣幕に圧倒されたアドリィが約束して、やっと場は落ち着きを取り戻した。
でも、黒竜の尾はどーんとツヴァイの前に転がっている。
肉色の断面からは血がとろとろと流れ出している。
ツヴァイは、豪快な黒竜の思考回路と、少女竜への溺愛ぶりに気圧されてなんだか目茶苦茶だった。
普段も冷静さも保てず、呆然と二人の様子を見守っている。
黒竜にもなんだかもう、恐怖感はなくなっていた。
少女の竜のことが可愛く可愛くて仕方がない様子が頬笑ましいし、出会ったときの調子に戻った黒竜の男は、どうしても嫌いになれないのだ。
「ーーー何がおかしい?」
視線を感じたガーレルがじろりと睨んだが、
「ーーーいや、服を買ったとき、子供子供した服を選んだ俺は間違っていたなあと反省していたんだ。あのドレスを選んだあんたは、さすがだ。愛だなあーーーって」
「あん、おだててもこれ以上は出ないぞ。ーーーそれに黄色の服の方が気に入られてよく着られていたけどな・・・」
「それは違うっ、ガーレルの選んでくれたのは高そうで、綺麗で、着て汚しちゃったら嫌だから・・・気に入らなかったんじゃないよっ。両方とも、嬉しかったよ。ガーレルがわたしのために買ってきてくれた服だもの!」
「ごちそうさま・・・」
ツヴァイは苦笑混じりに言った。
ガーレルはくつくつと笑い、アドリィは頬を赤くしてツヴァイに何かを言おうとしたけど、ガーレルが腕を回し手髪を撫でたので、嬉しそうに口を噤んだ。
「それを持って立ち去ってくれ。じゃないとアドリィがおまえのことを気にして落ち着かない」
「本当に、貰っていいのか・・・?」
大きな竜の尻尾だった。
肉レベルではない、硬い鱗と骨まで内在する尾は大きな価値になる。
「一塊の肉さえあったら十分だから・・・」
「切ったものをどうしろと?要らないと言われてもくっつかないぞ」
ガーレルは、アドリィが失ったと同じほどを切ったのだ。
体が大きいから、鞄の中に入っていた尻尾とは比べものにならない巨大さだったが、それがガーレルのケジメだった。
「黒竜のおれの肉が効果があるのかなど、その医者だって知らないことだ。そっちの責任で食べさせろよ。おれは知らんからな」
「大丈夫だよ、きっと。だって、わたしは元気になってきたもの。・・・でもやっぱり、ガーレルの尻尾・・・悲しい・・・」
「こらこら、じゃあこう考えるのはどうだ、おれとお揃いの今回の記念。もう二度と同じ失敗をしないために。おれは結構、やってみて満足しているけど、きみはお揃いは嬉しくない?」
「・・・嬉しい、かも・・・」
宥め賺してアドリィを納得させて、そろそろお別れとときだった。
「余ったものは売るなりして金に変えて、夢の実現に使ってくれ」
妻と子供と三人で暮らす平和な夢だった。
「他の人間に取られるなよ。おれはおまえだから与えた。見ず知らずの人間になどやらない」
「ああ。全力で死守しながら持ち帰るよ」
ツヴァイは改めた表情になって二人を見ると言った。
「すまなかった。そして、ありがとうーーー一生忘れない」
そして、深々と頭を下げた。
「忘れてくれて構わないぞ。竜のことなどきれいさっぱり忘れて生きてくれ。それがおれたちに対する礼になる」
冗談めかした言葉だったが、紛れもない本気で真理だとツヴァイは理解すると、
ああと頷いた。
「けど、忘れるのは無理そうだから迷惑を掛けないように憶えておくよ。そして、誓う。二度と竜狩りは参加しない。何があってもだーーー」
「それは助かるな・・・」
ガーレルが穏やかに答えた。
そして、
「お嬢さん。本当に悪いことをした。すまなかったーーー」
改めてツヴァイに謝罪されたアドリィは、ガーレルに再び抱きかかえられた腕の中で笑顔を浮かべた。
「わたしは平気。あなたの子供が早く良くなるといいね。黒竜王の尻尾だからきっとみるみる元気になると思うから」
「ありがとうーーー」
もう一度深々と頭を下げて感謝を伝えたツヴァイは大きな竜の尻尾を肩に担ぐと、身を翻して木立の奧へと走り出した。
アドリィとガーレルはしばらく見送っていたがじきに後ろ姿を見えなくなった。



森に入り込んだ人間の退治は終了した。
命からがら森を逃げ出した者は少々、それ以外は竜たちが注意深く探して潰した。
念には念を入れ、精霊に探索させた上で視覚を働かせてしらみつぶしに森を調べた結果、紛れ込んでいる人間はもういないと決着したのだ。
一人や二人逃げ遅れて潜んでいても、シルドレイルや竜の女たち、順調に傷も回復したのでキリングも全く問題は無かった。
今回の人間の襲撃で一番被害を大きく受けたのは、勿論、アドリィだった。
体に負った傷の治りは、キリングに比べてとても遅かった。

20171008

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