第七章

11

肩に掛けて背中に回していた鞄を後ろ手に押さえた。
「頼む、身逃してくれっ」
「いいや、無理だ。それも返してくれ」
ガーレルは引かず、真剣な顔で要求した。
ツヴァイはそれまでとはまるで別人にような悲愴な声で訴えていた。
「お願いだ、俺にとってとても必要な物なんだっ!ーーー尻尾は再生するが、切れたものがくっつくわけではないんだろ!?取り上げてどうするんだ、どうにもならないんだろう、頼む、どうか譲ってくれないか!そうだ、代わりに俺の片腕を差し出すからっーーー」
「このひとは、子供の病気を治すために、竜の肉が必要なの。そうしないと治らないから。わたしはあげるって約束したよ。ガーレルのところに運んでくれたから、約束通りあげたいと思っている。ガーレル、お願い。わたしは、わたしの尻尾が役に立つなら嬉しい・・・」
アドリィもそっと横から取りなそうとしていたけど、ガーレルは聞こえていないように無視した。
「おまえの腕をもらってもおれには何の意味もない。意味があるのはその尾が、この子の一部だってことだ」
「切り取られてっーーー」
「切り刻まれようが、腐ろうが、体の一部だったことには変わりない。それを誰かの手に渡したくはない。おまえならわかるだろう、子供の体だったものを他人にくれてやれるのか?ーーー渡してくれ」
「・・・クソッーーー」
両手の拳で大地を何度も何度も打ちすえたあと、ツヴァイはのろのろと鞄を取りだして中から布に包まれた塊をガーレルに渡した。
「・・・それは、わたしが食べるの?・・・」
嫌な想像が浮かんで怖々アドリィは尋ねたが、今度はガーレルはきっぱりと答えた。
「まさか。そんなことはさせない。さすがに悪趣味だ、しようものなら、女たちやあいつに、おれは総攻撃される・・・」
笑顔は途中から顰めっ面になりながら答えた。
「だったら・・・お願い、あげて欲しいの・・・」
「悪い。きみの頼みでもそういう気にはなれない。きみを誰にも喰わせたくないんだ。わかってくれ」
「・・・」
もうそれ以上言えなくて、アドリィは俯くしかなかった。
アドリィにとしては子供の手助けをしてあげたかったけど、悲しそうに謝ったガーレルに逆らえなかった。
受け取ったの塊の布を解いて、淡い色の鱗が覆ったアドリィの尻尾を確認したガーレルは辛そうな顔になっていた。
自分がちゃんと側に付いて守っていれば、失わずにすんだであろうアドリィの体だった。
誰かに渡したくないということともう一つ、こんな失敗は二度としたくなかった。
ガーレルの中には後悔と反省の思いが渦巻いていた。
再生するとしても、悲しいのだ。
悔しくて、腹が立つ。自分が側にいながら、むざむざと人間にしてやられた。
自分の体を失う方が楽だった。それ以上に、アドリィの美しい尾がぶち切られ、再生尾になることに心が痛むのだ。
「アドリィ、これをおれにくれないか?」
「・・・いいよ・・・」
よくわからなかったけど、ガーレルが欲しいというなら。
でもいったい、どうするのだろうと疑問に思った
ガーレルは何を考えているのかーーー。
答えはすぐに明らかになった。
「少しだけ、地面の上で待っててくれ」
ガーレルはそれまで腕に抱いていたアドリィをそっと下に座らせると、再びツヴァイに向き合った。
「代わりになるかどうかはわからないが、これを渡す。本当に、病気が治るかどうかーーー効果がなくても文句は受け付けないからな」
それまでツヴァイに向けていた硬い表情は消えて、声も面白そうに笑いながら言うと、それは無造作に放り投げられていた。
ツヴァイの足元に落ちたそれは、急速に大きくなった。
投げられた最初は腕ほどの大きさだったのに、見る間に人間ほどになって、ビクリビクリ動いていた。
ツヴァイが空気に漂う血の臭いを嗅ぎとったころ、アドリィが悲鳴をあげていた。
一瞬の間にガーレルが行なったことをアドリィだけは視えていた。
ガーレルの竜の気配が膨れあがって、人間の姿から変わったことを、竜にまでは戻らず一度街から帰ってきた姿と同じ、竜と人間の間の姿になった。
そして臀部から伸びた長い黒い尾を、後ろへ回された腕の先に備わった鋭い爪が撫でたと思った。
でも実際は違う。
ガーレルは爪で己の尾を掻き切ったのだ。
落ちる前に尾は回収され、姿は何ごともなかったようにただの人間のものに戻っていた。
でも半ばからなくなった尻尾の光景はアドリィの網膜に焼き付いていた。
「いやあっ、そんな・・・どうして、ガーレルーーーどうして、そんなことをするのっ!」
「どうしてって、さっききみが教えてくれたじゃないか。それに本人からも切々と頼まれた。必要なんだろ、竜の肉が。だよな?」
最後の確認はツヴァイへだ。
「・・・ああ。嘘じゃない・・・本当に必要なんだ・・・医者に言われた・・・」
度肝を抜かれたツヴァイの声は上擦っている。
いきなり目の前に黒い大きな鱗が艶めく巨大な竜の尻尾の先が現れたのだから。
ガーレルは巨大な黒竜だった。切られた尾は真の姿になって転がっている。
体の大きさに比例する大きな物体になっていた。
「そんなことする必要なかったのにっ・・・ガーレルの尾がっ・・・わたしのをあげればっーーー」
「だからね、それはどうしても嫌なの、おれが。だからおれの尾を渡して、きみのはおれがもらう。それできれいに解決だろ?」
「きれいじゃないよっ!」
「ああ、泣かないで、アドリィ・・・泣くようなことじゃない・・・」
「こんなのひどいよ・・・」
アドリィにとって自分のせいで、強くて美しい偉大な黒竜王の体が傷を負ってしまったことは悪夢のような事態だ。人間に襲われたどころではない衝撃に涙がとまらなくなっていた。

20171001

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